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「守る」北陸中日・石川テレビ共同企画

【第4部 家族】発達障害語り支える 集いの場提供

発達障害に関する悩みなどについて話し合う水戸勇佑さん(奥)ら=金沢市内で

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 コミュニケーションが苦手、落ち着きがない、忘れ物が多い…。発達障害のある人はこうした症状から周囲の理解を得られず、自信を失いやすい。金沢市の「大人の発達障害を明るく語る会 ここらぼ」は、本人や家族らが集い、語り合う場を提供している。主宰するのは水戸(みずと)勇佑さん(32)。自身も発達障害と向き合いながら支援に携わる。(平野誠也)

 九日夜、金沢市内のマンションの一室。水戸さんは発達障害に悩む親子の元を訪れ、二人の話にじっと耳を傾けた。

 二人は、市内の就労移行支援事業所に通う土田泰彰(やすあき)さん(24)と母芳子さん(62)。芳子さんは少年時代の泰彰さんの話や将来の不安などを率直に語った。

 泰彰さんは幼い頃、こだわりが強かった。洋菓子店で、赤いパッケージのシュークリームを買い求めようとした際、芳子さんがつい注文してしまった。帰り道、泰彰さんは「赤いシュークリーム、もう一回やり直し」と、自分に注文させるようにねだった。催促は一カ月続いた。

 小学二年生のとき、「広汎性発達障害」と診断された。「信じられなかった。認めたくなかった」と芳子さん。障害を受け入れるのに二年ほどかかった。「理解しなければ前に進めない」。ただ、障害の特性について学校側の十分な理解は得られなかった。中学時代は転校、高校時代は退学を余儀なくされた。

 芳子さんが水戸さんと出会ったのは二〇一六年秋。ここらぼで発達障害の勉強をしようと当初は一人で、後に泰彰さんと一緒に参加するようになった。ここらぼは月一回、市内で会合を開催。「障害者の就労」「親が亡くなる前にどう備えるか」などのテーマを設け、水戸さんを含む障害者や家族、支援者ら二十人ほどが経験や悩みを語り、支え合っている。医師や企業経営者らを招く場合もある。

 水戸さんは金沢市内で燃料販売の仕事に就いて二年目だった二十五歳の時、発達障害の一つ「注意欠陥多動性障害」(ADHD)と診断された。作業手順を覚えられず、同じミスを繰り返す失敗が絶えなかった。「ミスは障害のせい」と開き直ると、職場の親しい先輩から「やらないかんことから逃げたらいかんぞ」と叱られた。「障害者である前に社会人。失敗しても障害を言い訳にはしない」と考えを改めた。

 障害を受け入れながら仕事を続ける水戸さんの姿に、芳子さんは就職を目指す泰彰さんの将来を重ねる。「何年後か先の姿が見えるようで、安心する」

 発達障害 脳の一部機能に障害があり、幼いころに症状が現れて生活に支障を来す状態の総称。このうち広汎性発達障害は、コミュニケーションが苦手で、特定の物事に強いこだわりを持つ自閉症スペクトラム障害とほぼ同じ。このほか、落ち着きがなく、衝動的になるといった症状の注意欠陥多動性障害(ADHD)、読み書きや計算など特定の学習が苦手な状態を指す学習障害(LD)などがある。同じ人に複数の障害があることも珍しくない。

 

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