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「守る」北陸中日・石川テレビ共同企画

【第3部 いのち】 災害時 日本人と外国人の橋渡し

家族と防災について話すポンシアノ・マルシアさん(右)=小松市で

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多文化防災チームポンシアノ・マルシアさん

 一九九五年の阪神大震災が起きた時、広島県に住んでいて、強い揺れに驚きました。高速道路が倒れ、あちこちで火災が起きているテレビの映像を見て、大変なことが起きたと思いました。

 でも、当時はまだ日本語があまり分からず、テレビで何を言っているか聞き取れませんでした。周りに聞くこともできず、知り合いのブラジル人も詳細を分かっていなかった。あの時、避難が必要だったら、困惑していたでしょう。

 今は日本語を話せますし、子どもの学校行事や地域の活動を通じて、私は日本の人と関わりがあります。でも、アパートに住み、近所付き合いをしていない外国人も多い。地域の避難訓練に参加したくても、日本語が分からないので諦めている人もいるんです。

 日本に地震があることは、来日前から知っていました。地震が多いことはほとんどの人が知っていて、在日ブラジル人向けの雑誌でも、災害を警告する記事をよく見ます。でも、経験のないブラジル人は危機感が薄い。正直、防災の対策は後回しになっていると思います。

 三年ほど前、小松市国際交流協会で防災士になることを勧められ、受験をしました。防災士としてポルトガル語でボランティアをしつつ、地域の人の役に立ち貢献できたらという思いでやっています。

 家では、非常用リュックを準備してあります。どこかで災害があったというニュースを見たら、家族で話し合ったりもします。

 夫のラウリ(52)と長女のラウラ(15)は去年の夏、「しみん救護員」に認定され、私と同じ多文化防災チームの一員になりました。ラウラは将来、消防士になるのが夢で、防災や応急手当てなどの勉強に取り組んでいる。誇りに思います。

 通訳などの仕事で多くの外国人と出会い、今でも頼ってくれる人が多くいます。つながりを生かし、災害時も外国人が安心できるよう情報を届けたい。日本人と外国人の橋渡しをするのが自分の役割です。 (竹内なぎ)

 ポンシアノ・マルシア 1979年3月、ブラジル生まれ。日系2世で、91年に夫ラウリさんと来日し、広島県呉市などで暮らした後、小松市へ。99年に帰国し、2004年から再び小松市で暮らし、通訳などをしている。

 

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