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加賀で谷口駒吉特別展 九谷焼 無名の匠知って

(上)祖父の谷口駒吉への思いを語る奥出清江さん=加賀市の県九谷焼美術館で(下)現在も空き家になって残る谷口駒吉の自宅兼工房=加賀市大聖寺東横町で

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作品保管続けた孫「祖父、きっと喜ぶ」

 加賀市の県九谷焼美術館で29日まで開かれている特別展「知られざる近代九谷の名工 谷口駒吉」に、特別な思いを寄せる女性がいる。卓越した技術を持ちながら、無名のまま52歳で生涯を終えた九谷焼職人、谷口駒吉(1873〜1925年)の孫、奥出清江さん(76)=同市三木町=だ。駒吉の弟子でもあった亡き父の願いを受け継ぎ、祖父の作品を大切に保管してきた。「祖父も父もきっと喜んでいる」と胸を熱くする。(小室亜希子)

 子どものころから、大聖寺の実家で九谷焼に囲まれて育った奥出さん。父親の清さんは駒吉について「すごい職人だった」と口癖のように語った。だが奥出さんが生まれる前に駒吉は亡くなっており、作品に銘が刻まれているわけでもなく、特に気に留めることはなかったという。

 大学進学を機に東京で暮らしていた時、ふと図書館で書籍「五色の九谷」(小納弘著)が目に留まった。三百年以上前、人々が精魂を傾けて古九谷をつくり出す姿が生き生きと描かれていた。夢中で読み「九谷焼に目が開かれた」と奥出さん。九谷焼について独自に学び始め、そんな様子を清さんは喜んでくれた。

 駒吉が生きた明治−大正期、大聖寺や周辺には二百人以上の職人がいたが、その実像は文献に十分記録されていなかった。清さんはとても悔しがり、「いつか多くの人に大聖寺の、江沼(現加賀市)の九谷焼を知ってほしい」と、工房に残されていた駒吉作品の保管を奥出さんに頼んだ。

 奥出さんはすすだらけの作品を姉と二人で丁寧に磨き上げた。その数三百点以上。汚れの中から美しい九谷焼が現れた時、祖父と初めて対面したようで目が潤んだという。それから二十年間、大聖寺で開かれた「我が家の家宝展」に数点ずつ出品を続けた。約十年前、その作品が中越康介学芸員の目に留まり、ようやく今回の特別展につながった。

 展示室には、赤絵細描や金襴手(きんらんで)、大聖寺伊万里、柿右衛門など厳選した百三十二点が並び、駒吉の多才ぶりがうかがえる。駒吉作品三百六十二点を収録した図録も刊行された。「駒吉も長生きしていれば、作品に銘を入れられたかも」と奥出さん。「江沼にはたくさんの素晴らしい職人がいたことを、駒吉の作品を通じて感じてもらえたら」と願っている。

 特別展の会期は当初二十二日までだったが、新型コロナウイルスの影響で一時臨時休館したため、二十九日までに延長された。

谷口駒吉

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 谷口駒吉(たにぐち・こまきち) 九谷焼の陶画工。江沼郡三谷村直下(現加賀市直下町)生まれ。10歳で京都に出て京焼の名工永楽和全に学び、大聖寺では九谷焼の赤絵師西野梅景に師事した。29歳で自宅に錦窯を築いて独立。長男清さんら4人の弟子がいた。 

 

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