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<頂へ 月刊・藤井聡太七段> タイトル挑戦ならず

第69期王将戦挑戦者決定リーグ最終戦で広瀬章人竜王(手前、背中)に敗れた藤井聡太七段(右後方)=11月19日、東京都渋谷区の将棋会館で

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 あと一歩だった。本当にあと一歩で、タイトル挑戦の最年少記録を塗り替えることができた。しかしその快挙は、秒読みに追われるギリギリのせめぎ合いの中、十七歳の手をスルリと擦り抜けた。藤井聡太七段(17)=愛知県瀬戸市=の「第六十九期王将戦」は、悔やまれる幕切れになった。それでも並み居る強敵の中で首位争いをした経験は、伸び盛りの高校生棋士にとって、極上の養分になったはずだ。

 「トップ棋士の方との対局を重ねる中で、自分自身に新しい発見みたいなものがあった」。十一月十四日に大阪市の関西将棋会館であった王将戦の挑戦者決定リーグ五戦目。久保利明九段(44)を下した藤井七段は、じっくりと言葉を選んで語った。久保九段は「さばきのアーティスト」と呼ばれる振り飛車党の大物。これまで一勝三敗と苦手にしてきたが、この日は危なげなく勝ちきった。

 この時点で、リーグ成績は四勝一敗の首位タイに。くしくも最終戦は、同じく首位の広瀬章人竜王(32)との直接対決になった。勝った方が渡辺明三冠(35)への挑戦権を獲得−そんなドラマチックな舞台が整った。

 最終戦は十九日。東京・千駄ケ谷の将棋会館で一斉対局が行われた。広瀬−藤井戦がある特別対局室は、すぐ隣で羽生善治九段(49)と糸谷哲郎八段(31)が対局する豪華な空間に。普段は取材に来ないテレビクルーも詰めかけた。

 対局は藤井七段の先手番で、相矢倉の展開になった。加藤一二三・九段(79)とのデビュー戦でも指された因縁の戦型だ。矢倉は手数を掛けて固い防壁を築く昔ながらの戦法だが、速さ重視の現代将棋では「終わった」ともささやかれる。しかし、藤井七段は本紙の過去の取材で「矢倉は終わっていない」と語り、最近も積極的に採用している。この戦法を大一番で繰り出した姿勢から、将棋の長い歴史に対する信頼と敬意が伝わってきた。

 その後は息詰まるシーソーゲームだった。藤井七段は先に持ち時間を使い果たし、一手六十秒未満で指さなくてはいけない一分将棋に突入。一方の広瀬竜王は五十分も残していた。劣勢の藤井七段は、渾身(こんしん)の勝負手をひねり出して形勢を挽回。一気に敵玉に迫った。ついに初挑戦が実現か−。報道陣が色めき立った。

 しかし、最後に落とし穴が待っていた。もう少しで勝ちというところで、藤井七段の玉が逆に「頓死(とんし)」してしまったのだ。頓死とは詰まないはずの玉が、王手への対応を誤り、一気に詰まされてしまうことをいう。一九四八年に高野山であった名人戦挑戦者決定戦で升田幸三(故人)の玉が頓死し、「錯覚いけないよく見るよろし」という名言を残した逸話がある。

 もう少し時間が残っていれば…。懸かっていたものが大きいだけに、プロ入り後で一番悔しい敗戦だったかもしれない。それでも終局後、藤井七段が動揺や激情をあらわにすることはなかった。「最後間違えてしまったので、結果としてはそれが実力だと思います」。敗戦をしっかりと受け止めていた。

 谷川浩司九段(57)、羽生九段…。百六十三人が参加した王将戦で、藤井七段は棋界に一時代を築いた棋士たちを破ってきた。初戦から九カ月。長い戦いは、あまたの記録を塗り替えてきたホープの伸びしろを、あらためて感じさせた。

 次なる頂に向け、戦いは続く。

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◆<当面の主な予定> 棋聖戦で最年少記録更新も

 王将戦は好成績を挙げ、シード権を獲得した。来期は挑戦者決定リーグから参戦できる。前期の成績に準じた「順位」も上がり、より有利に戦えそうだ。次に挑戦できるタイトル戦は、2次予選が進んでいる棋聖戦。例年通り6月上旬に五番勝負が始まれば、藤井七段がタイトル挑戦の最年少記録(屋敷伸之九段の17歳10カ月)を塗り替えることは可能だ。

 (岡村淳司)

 

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