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恩師の喜寿祝い、鹿児島の教え子ら訪問 中津川、40余年ぶり再会

薩長同盟の存在を示す文書を教え子たちと眺める林さん(右から4人目)=中津川市本町の中山道歴史資料館で

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 岐阜、鹿児島両県が行っている教員の人事交流で、40年余り前に大口高校(同県伊佐市)の教壇に立った中津川市茄子川の林英之さん(77)に再会しようと、当時の生徒たちが中津川を訪れ、恩師の喜寿を祝って旧交を温めた。

 両県は、江戸時代中期に薩摩藩士が木曽三川の治水工事に当たったのが縁で、1971(昭和46)年に姉妹県となり、現在も教員の相互派遣を続けている。中津高校の国語教諭だった林さんは1973年、大口高校に転勤し、3年を過ごした。

 9、10の両日に中津川に来たのは、74年に林さんが担任した1年A組の元生徒たち。昨秋、還暦に合わせた同窓会を鹿児島で開いた際、今年で喜寿となる林さんを囲む会の企画が持ち上がった。当時、同校は修学旅行がなかったため、「還暦の修学旅行」と銘打ち、高校時代の思い出や記念写真をまとめた冊子も準備した。

 同組に在籍した45人のうち15人が、鹿児島のほか、関東や関西などから参加。JR中津川駅で出迎えた林さんと再会を喜び、近くの中山道歴史資料館を訪ねた。安藤嘉之館長は、幕末の中津川宿は国内外の新しい情報が集まる場所だったことを紹介。一行は、旧家から発見された薩長同盟の密談を伝える文書に見入り、古里と中津川を結ぶ縁に思いをはせた。

 初めて中津川に足を運んだ鹿児島県霧島市の猿川美和子さん(60)は「馬籠宿や栗菓子なども楽しみにして来たので、本当に修学旅行のよう。久しぶりに先生に会えて、優しく都会的だった記憶がよみがえった」と感慨深げ。

 林さんも「人懐っこい子たちで、みんな変わっていない。よく中津川まで足を運んでくれた」と笑顔が絶えなかった。

 林さんと教え子たちは馬籠宿や長野県南木曽町の妻籠宿なども訪れた。

 (福本雅則)

 【土平編集委員のコメント】今日紹介したのは、岐阜県多治見市や中津川市などを対象にした東濃版の記事です。40年以上前の教え子が訪ねてくれる。それもはるばる鹿児島から。林英之さんにとっては、教師冥利(みょうり)に尽きる再会だったことでしょう。教え子の一人は「優しく都会的だった」と振り返っていますが、生徒たちにとっても魅力的な先生だったことがうかがえます。悪ガキだったため、先生に怒られた記憶ばかりが残っている私には、少しうらやましく感じた記事でした。

 

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