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国家権力の誤り、簡単にかたづけるな 警察官、壮絶体験描く

母親を亡くして泣き叫ぶ子ども。「今夜はこの子等はどこでだれとねるのだろう」=安城市歴史博物館提供

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空襲時、刑務所から「逃走しないことを信じて」避難した=安城市歴史博物館提供

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「頭と胴体とちがったり」とある熱田空襲での納棺作業=安城市歴史博物館提供

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桜井純さん=遺族提供

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 太平洋戦争中、空襲被災地で救援などの任務に当たった愛知県の元警察官桜井純(あつし)さん(二〇一六年、八十九歳で死去)の遺品の中に自ら描いた戦争体験絵が残されていた。爆弾の直撃した防空壕(ごう)、無残な遺体の納棺作業、そして生活苦に陥った戦災孤児たち−。戦前から戦後の暮らしを文章とともに生々しく伝える体験絵は千七百枚余りに上る。出身地の同県安城市の学芸員が解読を進めている。

 「時々人の呻(うめ)き声、手足、内ぞうがとびちってまるで地獄図のようだ」「死体のほとんどはその半分は白骨化している。腹部はポンポンにふくれて口は半開き歯をむき出している」

 B5サイズの用紙に文章で書き起こし、色鉛筆や水彩絵の具で再現した絵が添えられている。犠牲者の手足を拾い集めたり、遺体の横で仮眠をしたりする隊員たち。その姿を克明に描き出している。

 桜井さんは一九四五年五月、同県警察部警備隊に配属され、名古屋市港区を拠点に県内の空襲被災地へ救援に赴き、同年の熱田空襲や岡崎空襲などに出動した。戦後は実家の浄玄寺の第十三代住職を務めた。

 体験絵はファイル三十五冊に収められており、遺族が書斎で発見。昨年六月に安城市歴史博物館に寄贈した。解読している学芸員の野上真由美さん(41)は「警察官による戦時下の救援活動をここまで詳細に記録した地元資料は貴重」と評価する。

 館長の片岡晃さん(60)は十六年前、桜井さんが戦争体験絵を残していることを聞き、地元の小学校で語り部をしてもらったことがある。「壮絶な体験が分かりやすく表現されていて、子どもたちの心に刺さっていた。広く公開する意義を感じた」と語る。

 同館によると、描かれた時期は不明だが、交じった新聞などから昭和後期−平成の初めごろと推測される。来年までに解読を終えて公開したい考えだ。

 長男の之貫さん(66)は大量の体験絵から戦争の記録を後世に残す父の執念を感じたといい「自分が生き残った意味を見いだそうとしていたのかもしれない」と推し量る。

 ファイルの中には、ある文章が残されていた。「この回顧録は面白半分で見ないでください」と始まり、自身の強い願いがつづられている。「国家権力により誤った考えのもと多くの国民が悲惨な一生を送って行ったのです。(中略)仕方無い事と簡単にかたづけないで熟慮して見てくださることを念じます」

 (武藤周吉)

 

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