トップ > 一面 > 記事一覧 > 記事

ここから本文

一面

<米国民として 日系人と戦争>(3) 抵抗

徴兵拒否の様子を語るタカシ・ホシザキさん=ワイオミング州コーディで(岩田仲弘撮影)

写真

 一九四三年二月、米政府はそれまで禁止してきた日系二世の軍隊への志願と徴兵を復活、強制収容所内で二世の多くが米国民としての忠誠を誓おうと、欧州前線に向かった。米政府は入隊の前提として「忠誠登録」という踏み絵を迫った。その中の二つの質問が日系人社会の亀裂を生んだ。

 「あなたは命令を受ければ、どんなところでも米国軍隊の戦闘任務に就くか」

 「あなたは米国に無条件の忠誠を誓い、天皇またはいかなる外国政府などへの忠誠や服従を否認するか」

 多くの二世が両方とも「YES」と答えた。一方、強制収容によって市民の権利を奪うのは違憲であり、家族が収容されているのに国のために戦えというのはおかしい、と「NO」を突きつける二世もいた。

 ワイオミング州のハートマウンテン強制収容所では兵役を拒否した六十三人が徴兵に関する法律違反の罪で連邦刑務所に送られた。

 タカシ・ホシザキ(93)もその一人。四四年三月に米連邦捜査局(FBI)に捕まり約二年間服役した。米政府は収容所内で抵抗運動が拡大することを恐れ、「収容所の管理責任者が仮釈放を認めないよう、司法省に働き掛けていた」(ホシザキ)という。

 「私たちは市民権が回復し、家族が解放されれば、喜んで軍に志願するつもりだった」。実際、朝鮮戦争(五〇〜五三年)が始まると、ホシザキは二年間、兵役に就いた。だが六十三人の抵抗は、戦場で忠誠を示そうとした者たちとの間に確執を生み、ホシザキを含め、その事実を「みんな隠し続けてきた」という。

   ◇ 

 日系二世のフレッド・コレマツ(故人)は、フランクリン・ルーズベルトの大統領令に基づく強制収容そのものが違憲だと訴えた。連邦最高裁まで争ったが、最高裁は四四年、「強制収容は軍事的な必要性から正当化される」と認め、コレマツは敗訴した。

 しかし、敗訴から約四十年後、重大な事実が明るみに出る。最高裁で争っていた当時、政府の情報機関が「日系人の強制収容を正当化するような、スパイ活動などの事実はなかった」と文書で結論付けていたにもかかわらず、政府が裁判の不利にならないように文書の存在を隠蔽(いんぺい)していたことが判明。コレマツは再び訴訟を起こし、八三年、「強制収容は人種差別などに基づいていた」と認めた名誉回復判決を勝ち取った。

 現在、人権教育に力を入れる長女のカレン・コレマツ(68)は「父が再び訴訟を起こしたのは、日系人の強制収容と同じことが二度と起きてはならないとの思いからだった」と振り返る。「『間違っていると思ったら、声を上げることを恐れてはならない』。今の米国社会において、父の言葉をまさにかみしめている」

 =敬称略

 (アメリカ総局・岩田仲弘)

1998年1月、ホワイトハウスでクリントン大統領(右)から自由勲章を受章するフレッド・コレマツ氏=AP・共同

写真
 

この記事を印刷する

中日新聞・北陸中日新聞・日刊県民福井 読者の方は中日新聞プラスで豊富な記事を読めます。

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索