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非核、令和こそ 長崎原爆の日、市長「声を上げよう」

原爆投下から74年となり、営まれた長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典=9日午前、長崎市の平和公園で

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 長崎は9日、被爆から74年を迎え、長崎市松山町の平和公園で令和最初の「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれた。田上富久市長は平和宣言で「核兵器を巡る世界情勢はとても危険な状況」と懸念を示し、核廃絶に向け「声を上げよう」と市民社会に連帯を促した。さらに「日本は核兵器禁止条約に背を向けている」と述べ、広島市の松井一実市長が6日に訴えたのと同様、日本政府に同条約への署名、批准を求めた。

 市民ら約5200人が参列し、原爆投下時刻の午前11時2分に黙とうをささげた。続く平和宣言で田上氏は冒頭、17歳の時に長崎で被爆した山口カズ子さん(91)の詩を紹介。「核がもたらす生き地獄を繰り返してはならない」との被爆者の必死の思いを訴え、長崎を最後の被爆地にするとの強い決意を示した。

 核超大国の米国とロシアが核の近代化を推し進める中、核廃絶に向けた人類の努力が次々と破壊され、「核兵器が使われる危険性が高まっている」との懸念を表明。米ロに対し、核兵器を大幅に削減する具体的道筋を示すよう求めた。日本が憲法の平和理念を堅持する必要性も強調し、原発事故からの復興を目指す福島を応援する姿勢も示した。

 被爆者代表で、語り部活動を続けてきた山脇佳朗さん(85)は「平和への誓い」で、安倍晋三首相に「米国に追従することなく、核兵器に関する全ての分野で『核廃絶』の毅然(きぜん)とした態度を示して」と迫った。

 安倍首相はあいさつで、核なき世界の実現に向けた努力を続けることは「わが国の使命」との決意を示したが、核禁止条約には触れなかった。

 長崎市によると、式典には核保有国を含めた66カ国のほか、国連や欧州連合(EU)の代表者らが出席した。

 市は7月末までの1年間に、国が定めた地域外で原爆に遭った「被爆体験者」を含め、3402人の被爆者の死亡を確認。原爆死没者名簿への記載総数は、計18万2601人となった。

 厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ人の数は、3月末時点で14万5844人。平均年齢は82・65歳。

 <長崎原爆> 1945年8月9日、米軍のB29爆撃機「ボックスカー」が長崎市に投下したプルトニウム型の爆弾。「ファットマン」とも呼ばれる。午前11時2分、同市松山町の上空約500メートルで爆発した。爆心地付近の地表温度は3000〜4000度に達したとされる。爆風や熱線、火災などにより同年末までに死者は約7万4000人、重軽傷者は約7万5000人に上ったと推計されている。被爆者の中には白血病や各種がんといった放射線による健康被害に苦しみ続けている人も多い。

 

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