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下之一色魚市場、閉鎖へ 名古屋・中川区、歴史100年超

下之一色魚市場の朝市で買い物をする常連客ら=名古屋市中川区下之一色町で(北村彰撮影)

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 伊勢湾最大の規模を誇った旧漁師町の面影を残す下之一色(しものいっしき)魚市場(名古屋市中川区)が、二〇二一年三月末で閉鎖される見通しになった。六十年前の伊勢湾台風を機に町は漁港としての役割を終えたが、魚市場はその後も営みを続け、常連客に愛されてきた。堤防の改修工事による立ち退きを市場の組合が受け入れ、百年以上に及ぶ歴史に幕を下ろす。

 午前六時。薄暗い場内に新鮮な魚介類がずらりと並んだ。ヒラメ、アナゴ、キス、ハマグリ。磯の香りに混じり、できたてのだし巻き卵のにおいも漂う。壁には昔ながらの大漁旗。なじみの客がふらりと立ち寄り、空いた椅子に腰掛けて店主と世間話に興じている。

 現在売り場を構えているのは鮮魚店や練り物屋、卵焼き専門店など十六店。営業は早朝のみで、売り場の半分以上は空いている。「売り上げは減り、店主も高齢化している。これも時代の流れ」。下之一色魚市場協同組合の服部繁治代表理事(70)が打ち明ける。

 名古屋の海はかつて豊かだった。魚市場がある下之一色町は新川と庄内川に挟まれた三角地帯に位置し、江戸時代から漁業で発展。終戦直後には千二百人以上の漁師と四百隻余りの漁船を有した。だが、水質悪化による漁獲高の減少に、一九五九年の伊勢湾台風が追い打ちをかけ、名古屋港の高潮対策工事のため漁師たちは漁業権を放棄した。

 魚市場は一二(大正元)年、漁業者と卸売業者らが出資して設立し、名古屋の海産物の流通拠点になった。最盛期には百店以上がひしめき、水揚げされた魚介類は名古屋のみならず岐阜など内陸部へも運ばれた。

 漁が行われなくなって以降は市中央卸売市場などから魚介類を仕入れ、朝市を続けた。しかし、懸案だったさらなる高潮対策の堤防改修工事のため立ち退き交渉が始まり、今年三月、二一年三月末の組合解散と営業終了の方針を決めた。

 常連客からは惜しむ声が上がり、魚市場を夫婦で訪れていた中川区の村上義博さん(67)は「店主の目利き力がある市場で、魚の味が全然違う。孫たちに食べさせてやりたくなる味。昔なじみの店主たちが旬の魚やおすすめを知らせてくれる」と魅力を強調。閉鎖の方針を残念がった。

 店主たちは閉鎖を静かに受け入れている。義父の代から卵焼き専門店を営む本田和子さん(75)は、受け継いだ秘伝のだしで絶品の卵焼きを出してきた。「楽しみは昔からのお客さんとのふれあい。ちょっと寂しいけれど、最後に思い出を残したい」と語る。マグロ専門店の飯田茂克さん(69)は「魚の目利き力は誰にも負けないと自信を持って売ってきた。みんな高齢になるまでよく頑張った。最後まで楽しんで、喜んで辞めたい」。残された時間を、精いっぱい過ごすつもりだ。

 (武藤周吉)

(左)昭和の面影を残す下之一色魚市場(北村彰撮影) (右)漁船がびっしり並ぶ下之一色漁港(1960年)=名古屋市中川区下之一色町で

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 <下之一色魚市場の営業情報> 住所は名古屋市中川区下之一色町南ノ切新川堤防外法21番地。日曜、祝日は基本的に休市。水曜も休市が多い。営業は午前5〜8時ごろ。明確に決まっておらず、午前6時〜7時半ごろがピーク。土曜日が最大のにぎわい。毎月、休市の情報が市場前の黒板に書かれる。

 

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