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子育てママを応援する「with mama」

<ママ’sボイス> 起業でひらいた自分の道

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  神戸市や愛媛県で過ごした中高生のころから環境問題に興味を持ち、大学・大学院では土壌や地下水の研究に没頭した。卒業後は東京の建設コンサル会社に就職し、治水やダム建設など公共工事の環境への影響を調査。三十四歳で休職し、青年海外協力隊としてネパールで二年間、土作りの指導に携わった。帰国後、復職し、しばらくして妊娠が分かった。

 帰国後も海外のプロジェクトに関わらせてもらい、頑張って仕事を続けようと張り切っていたところでした。子どもを授かり、「ああ、どうしよう」と。業務実績が名前に付いてくる業界だったので名字を変えたくなくて、まだ婚姻届を出していませんでした。待機児童問題がひどい東京では、シングルマザーでいたほうが入園しやすいから、その後に結婚しようかとまで考えました。結局、子どもの戸籍を考えて結婚しましたが、いろいろな制度のひずみの中であたふたしていましたね。

  一年間の育休の間に、夫の四日市への転勤が決まった。東京で経験を重ねたいという思いとの間で揺れ動いたが、家族で一緒に暮らすことを優先した。名古屋支店での勤務を希望したがかなわず、会社を退職。新たな地で、積み重ねてきたキャリアをどう生かせばよいのか、壁に直面した。

 三重に来た直後は正直、「自分の人生終わったな」と思って泣いていましたね。戻りたいところに戻れなくなってしまったし、見ず知らずの土地で子育てするのは大変だし。子どもはかわいいけれど、それだけでは満足できなくて。キャリアが止まってしまったらそのまま戻れなくなる。何とか仕事をつなげないと「落ちる」という恐怖がありました。このまま終わりたくないとあがきましたね。

  四日市市で環境分析を専門とする会社に就職。しかし、仕事の進め方が前職と違ったこともあり、一年ほどで退職した。あらためて就職先を探したが、育児中で時短希望の身では難しかった。「じゃあ、やりたいことをやろう」と選んだのが起業の道だった。二〇一八年、市主催の女性起業塾に応募。五カ月間にわたりノウハウを学びながら、個人事業主として、衛星やドローンで撮影した画像で農地の環境を診断する仕事を始めた。

 当初は「もうこの道しかない…」という後ろ向きな起業でしたが、起業塾に通ううちにやりたいことを言葉にできるようになりました。上空から田んぼの中の栄養分や病害の有無を検知して、農家のお手伝いをしたい。津市のつじ農園さんや三重大の教授ともつながりができ、活動が広がりつつあると感じています。

  個人事業主の屋号は「SoilCares(ソイルケアーズ)」と名付けた。ドローンの操縦資格も取得し、つじ農園の水田でドローンを飛ばし、特殊なカメラで土壌や生育の状態を調べている。試行錯誤の繰り返しだが、ことしからは三重大の博士課程で研究を再開させるなど、着実に歩みを進めている。

 今は三重に家族で来たからこそ、自分のやりたいことができるようになったという感覚が持てています。地味だけど、好きなことをこつこつ続けてきたからこそ、三重での出会いにつながったんだと。「キャリアが終わる」という恐怖はもうありません。先の見えない状況があっても続けようという思いがあれば、ひらけてくるものがあるはず。いい方向に行っていると信じてあがくしかないですね。

◆読みどころ

 出産や夫の転勤で揺れたキャリアへの思い。悩んだ末に選んだ起業の道で、佐藤さんは着実に歩みを進めています。

 <さとう・のぞみ> 1978年、神戸市生まれ。四日市市在住。エンジニアの夫(46)と保育園に通う長男(3)との3人暮らし。

(文・熊崎未奈 デザイン・金子亜也乃 紙面構成・望月海希)

※次回は11月22日です

 

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