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子育てママを応援する「with mama」

<ママ’sボイス> 悩みを共有 「一人じゃない」

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  大学卒業後、大阪市のテレビ局でディレクターとして十年間働いた。東京の大手就職支援会社に転職後、結婚。二〇一一年夏、夫が松阪市の銀行に転職することになり、仕事を辞め、縁もゆかりもない土地に引っ越した。翌年、長女を四十二歳で出産した。

 高齢出産だし、近くに頼る人がいなくて心細いし、子育てに関してすごくリスクが高かったんです。その中で育児が始まり、不安は的中しました。夫は仕事で忙しく、家事も育児も一人でする「ワンオペ育児」で、とにかく孤独を感じていました。娘が生後半年から一歳くらいまでは産後うつにもなってしまって。夜になるのが怖かったんです。どん底にいるママたちの気持ちがよく分かりました。

  健診や日々の買い物で出会う年下のママに話し掛け、慣れない土地で少しずつ友人の輪を広げた。大手電機メーカーの工場などが立地する土地柄、夫の転勤で引っ越し、自分と同じように周りに身寄りがいないママが多いことに気付いた。

 転勤のたびに自分から交友関係を広げないといけなくて、エネルギーがいる。転入当初は孤独感やアウェー感をすごく抱きました。ただ、同じような悩みを持つママは私だけじゃありませんでした。

  一四年五月、ママ友と「子育て応援プロジェクト☆パイン」を立ち上げた。楽器演奏や雑貨販売など親子で楽しむイベントを企画。一五年には、引きこもりがちなママを支えようと、医療関係者も巻き込んで「まつさか子育てママチーム」を設立。ウェブサイトを立ち上げ、自宅にいても情報収集や相談ができるようにした。

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 自分が産後つらかったとき、壁にぶつかったときの気持ちを今も大事にしています。あのとき、ママが集まる場づくりやネットワークの必要性を痛感したので、サークルをつくりました。十年間、番組制作の現場にいたので何かを企画するのは得意でした。

  二十四時間、相談メールを受け付け、日中は打ち合わせで予定が埋まった。時間と労力はかかる一方で、「仕事」ではない。一人娘を育てながら無償のサークル活動を続けることについて、夫とぶつかったこともあった。

 夫に「お金はもらえないのに疲れるだけで、意味あるの?」と言われ、けんかもたくさんしました。でも、お金にはならなくても、つながりという宝が得られました。孤独じゃなくなったんです。「家族が一番大事なのは大前提」と夫と確認し合い、応援してくれるようになりました。会社やNPO法人にすることも考えましたが、営利を気にせず柔軟にいろんな人とつながりを持てる形に意味があると思っています。

  現在は、地元産野菜を使った子ども向けのスイーツの開発にも取り組む。ママだけでなく、祖父母世代や地域活性化を目指す地元企業も巻き込み、活動の幅を広げている。

 子育て支援はこういうものだという枠を取り払って、いろいろな角度からチャレンジしているという感じでしょうか。子育ての現場にいて思うのは頼り合える社会が必要ということ。子育てをみんなでシェアする風土があれば、親も子どもを思いやれる余裕ができます。地域も子どもを守っていきたいと思う気持ちが強くなり、子育てを通じて地域全体の団結力が高まるのではと思います。

◆今回の読みどころ

 孤独やアウェー感。自身が苦しんだ経験が地域のママを支える原動力になっています。「みんなでシェアする子育て」を目指し、酒井さんの挑戦は続きます。

 <さかい・ゆみ> 1970年生まれ。広島県府中市出身、松阪市在住。夫(50)と小学1年の長女(7)の3人家族。

(文・熊崎未奈 デザイン・伊藤亜美 紙面構成・望月海希)

※次回は9月20日です

 

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