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知るコレ!

対話を重ね「知」を探求 哲学

哲学をテーマに語る上智大の寺田俊郎教授=東京都中央区で

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 哲学。語源は「知を愛し、求める」というギリシャ語です。多彩なテーマを紹介してきた当コーナー「知るコレ!」は今回が最終回。そもそも「知る」とはどういうことか―。最後に哲学的に考えてみたくなりました。(河原広明)

◇「何も知らない」自覚が出発点に

 とはいえ、どう考えればいいのか分かりません。上智大で哲学を研究する傍ら、一般の参加者と対話する「哲学カフェ」を開く寺田俊郎教授を訪ねました。

 まず哲学とは。「自分はまだ知らないということを自覚すること。そこが出発点です」。古代ギリシャの哲学者ソクラテスの「無知の知」という言葉は有名です。「ソクラテスは『生きていくうえで大切なことについて、私たちはほとんど何も知らない』と強調し、『知を愛し、求めよう』と呼び掛けました。これが哲学の精神です」

 生きていくうえで大切なこと。例えば「幸福」とは何か。「お金持ちになること」でしょうか。「愛する人と仲良く暮らすこと」という人もいるでしょう。分かっているようで、実はよく分かっていないことに気付きます。

 ほかにも善悪、愛、友情、社会、自由、平和―。寺田さんは「定義や意味を聞かれると、誰もすぐには答えられない。とても大切なことなのに。じゃあみんなで考えてみよう、というのが哲学です」と話します。

 「知る」も多くの哲学者が格闘してきたテーマです。寺田さんが問います。「そもそも『正しくないこと、誤った知識を知っている』ことも『知っている』と言えるのか」。困りました。じゃあ正しいことと、正しくないことをどう区別するか。まだ出発点なのに霧の中に迷い込んだようです。

 「多くの人は本当とうその区別が大事と知っている。でも、その区別の基準がよく分からず、考え込む。そこから哲学が始まります」。「知る」を考えた途端、別の問いが生まれました。一筋縄にはいきません。

 では「知る」とは「正しいことを知っていることだ」との前提で、地球は自転しながら太陽の周りを公転している「地動説」を考えてみましょう。

 寺田さんは再び問います。「『砂糖は甘い』というように自分が経験して『知る』ことは多いですが、地動説はどうか。太陽系の外から自分の目で見て確かめた人はいない。なのに、なぜ私たちは『知っている』と言えるのか」

 教科書や図鑑で学んだ人も多いでしょう。「では『知る』ということは、教科書に載っている内容や大勢の人が言っていることを信用しているだけなのか」と寺田さん。まだまだ「知る」を巡る哲学は続きます。

 「知る」とは何か―。答えはまだ霧の中ですが、寺田さんの問い掛けをヒントに、思い思いに探求できそうです。一人で考えるのもいいですが、誰かと対話を重ねると理解はより深まるかもしれません。

 寺田さんは哲学の意義を「簡単には答えが見つからない状況の中で対話しながら粘り強く、少しでもより良い答えを探し求める。まさに今、社会で求められている力ではないでしょうか」と話します。

◇明治の西洋化で考えられた訳語

 さて「哲学」は明治時代につくられた比較的、新しい言葉です。「明治のことば辞典」(東京堂出版)によると、英語の「philosophy(フィロソフィー)」の訳語として、啓蒙思想家の西周(一八二九〜九七年)が考えたとされます。当初は「希哲学」「希賢学」といった訳語も用いられ、最終的に「哲学」に落ち着きました。関連する「主観」「定義」「本能」などの言葉も生まれました。

 明治時代は「文明開化」の掛け声とともに西洋化が積極的に進められ、欧米の制度や文化、学問などが大量に取り入れられました。当時の日本にはなかった事物や概念も多く、知識人らが頭をひねり、訳語を考えました。

 「郵便」「電話」「価値」「可能」「自然科学」などで、新しい言葉をつくる場合もあれば、既に使っていた言葉に新しい意味を付け加えて用いる場合もありました。

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