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知るコレ!

「知ったかぶり」戒める 禅の教え

禅の教えを解説する妙心寺退蔵院の副住職、松山大耕さん=京都市で

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 鎌倉時代に中国から日本に伝わった仏教の一派の「禅」。「自分とは何かを明らかにする」ことを追究し、座禅など厳しい修行を積むことで知られます。その一方で、暮らしの中で実践できそうな取り組みもあるようです。「思索の秋」に始めてみませんか。(河原広明)

 約500年前の作とも伝わる庭園、420年前に建てられた本堂。長い歴史が刻まれた禅寺の妙心寺退蔵院(京都市)で、副住職の松山大耕さん(40)が禅の教えの一端を解説してくれました。

 「禅はとにかく何でも活かす。効率性を重視します」と松山さん。確かに庭園も本堂も年季が入っています。「効率性というと時間やお金に目が向きがちですが、禅はモノとしての効率性を追求します」

 松山さんが修行時代を振り返ります。「庭の掃除をした後、先輩に『ごみはどうすればいいですか?』と尋ねると、怒られました」。先輩は「ごみではない。木の枝はお米を炊く燃料に、木の葉は畑にまけば肥料になる。石ころや土は、地面のわだちを埋めるのに使える」と諭したといいます。

 禅寺では拭き掃除の後にぞうきんを洗ったバケツの水も、そのまま捨てず、木にまくよう教わります。「活かす」ことを念頭に日々の暮らしを見つめ直すと、水の無駄遣いなど反省する点も出てきそうです。

 では、「自分とは何か」の追究にどうつながるのでしょうか。「活かすことは、活かされることにもつながる。そこで自分とは、みんなとの関係性の中で築かれていることに気付くのです」

 さて、禅は実践や体験を重んじる教えです。松山さんが「冷暖自知」という言葉を教えてくれました。水の「冷暖」は、自分で飲まないと実際には分からない。知ったかぶりへの戒めで、「情報化社会では、情報を得ただけで体験した気になってしまう。実際に体験することをおろそかにしないでほしい」と説きます。

 例えば、修行中の食事は、まったくしゃべらず、ご飯を食べることに集中します。すると、お米の香り、みその甘み、野菜のこくが感じられるといいます。そうした味わいは、テレビやスマートフォンを見ながら漠然と食べていると、気が付かないかもしれません。

 松山さんは「月に一度でもいいので静かな環境で、ご飯を食べることだけに集中する。ご飯のイメージや味わい方が変わってくると思います」と提案します

 退蔵院は、国宝の水墨画「瓢鮎図」を所蔵することでも知られています。水流の中のナマズを、男がヒョウタンで捕まえようとしています。一体、何を表しているのでしょうか。

 禅の修行では、指導者が、弟子が正しい方向に歩んでいるか1対1で対話して確かめます。それを公案(禅問答)といい、瓢鮎図は、この問答を図案化したものとされます。

 問いは「ただでさえ捕まえにくい大きなナマズを、小さなヒョウタンで捕まえようとする。この矛盾をどう考えるか」。当時の京都の有名な禅僧31人の答えが水墨画の上部に記されています。

 例えば、こんな内容です。「ナマズはヌルヌルしているから、ヒョウタンの表面に油を塗って余計にヌルヌルさせたら勢いで中に入るのでは」。松山さんは「一見、何を言ってるのか分からないかもしれませんが、論理的な答えが大切なのではなく、『論理を超えて考える』という過程が重要なのです」と解説します。

 ナマズを「自分の夢」、ヒョウタンを「自分自身」と置き換えるとどうでしょう。「夢はどうしたらつかめるかという問いに、論理的な答えはなく、自分自身で努力するしかない。近道はありません。実践の中に答えが見えてくるのです」。皆さんは、どう考えますか?

水墨画「瓢鮎図」=妙心寺退蔵院提供

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