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知るコレ!

江戸発祥世界で人気 にぎりずし

江戸時代のにぎりずしの屋台を再現した展示。当時、すしはファストフードのような手軽な食べ物だった=愛知県半田市のミツカンミュージアムで

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 来年行われる東京五輪・パラリンピックは、日本を世界に発信する絶好の機会です。日本が世界に誇る文化といえば、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の無形文化遺産に登録された和食。代表格はにぎりずしです。発祥は江戸(東京)ですが、愛知県とも深い縁があります。 (諏訪慧)

 見た目は、普段口にするすしの5倍近い大きさ。1つを食べきるのに、4口も5口もかかります。しゃりの重さは85グラムで、おにぎりに迫るほどです。

 愛知県半田市にある「寿司会席 真砂本店」が提供する「早ずし」。200年ほど前、江戸で誕生したにぎりずしを再現したものです。地元の名物にしようと、市内では他に少なくとも2つのすし店が早ずしを販売しています。

 日本大百科全書(小学館)によると、すしはもともと、魚を塩漬けにして発酵させたもの。発酵を早めるため魚の身に米を付けるようになったのに合わせ、米も魚と一緒に食べるようになりました。

 「なれずし」と呼ばれ、滋賀県の特産品「ふなずし」もその一つ。すしの語源は「酸っぱい」を意味する「酸し」とされ、「寿司」や「鮨」は当て字です。

 時間をかけて自然発酵させるなれずしに対し、江戸時代には米に酢を混ぜる早ずしが流行しました。「早」と付くのは、作るのに時間がかからないためです。半田市のすし店が名物にしようと狙う理由は、この酢にあります。

 半田市は食品メーカー「ミツカン」の地元。同社によると、江戸時代に創業した初代中野又左衛門が「酒かすを原料にしたかす酢を使えば、もっとおいしく作れる」と考え、かす酢を本格的につくり始めたそうです。まろやかな味わいがすし飯にぴったりだと江戸っ子の心をつかみ、中野又左衛門のかす酢が多くのすし店で使われ、江戸のすし文化を支えました。

 真砂本店の早ずしも、かす酢を使っています。店主の竹内光一さん(56)は「半田に来たら、日本の食文化の原点に触れてみて」と呼び掛けます。

 ところで、にぎりずしが2個1組で出てくることを疑問に思ったことはありませんか。

 ミツカンミュージアムの館長、榊原健さん(60)によると、大きな早ずしを包丁で半分に切った明治時代の写真が残っているそうです。「写真が確たる証拠とまでは言えませんが」と前置きしつつ、「早ずしを2つに切ると、同じネタのすしを2つ食べることになる。それが2個1組の習慣の始まりと考えるのが自然です」と話します。

 農林水産省によると、すしなどを提供する日本食レストランは海外で増加傾向。2017年の時点で約12万店と、15年の調査から3割増えています。

 すし職人の養成学校「東京すしアカデミー」(東京)によると、こうした状況を反映して職人は世界で不足。アメリカ・ニューヨーク、イギリス・ロンドンなどの大都市では、カウンター越しにすしを握り、客をもてなす人材が求められています。雰囲気を大事にする高級店では、職人は現地の人ではなく日本人が望まれるそうです。

 一方、現地の従業員が握るすしを手頃な値段で食べられる店が増えているタイやベトナムなどでも、魚のさばき方や生魚を扱う際の衛生上の指導をする人材が必要です。

 東京すしアカデミーによると、日本で基礎を学び、英語もできる職人が海外に出ると、月給が100万円に至るケースも。国内で働く場合の倍近くで、広報担当者は「職人を目指し、サラリーマンをやめて入校する人もいます」と話します。

寿司会席 真砂本店」の早ずし(右)。重さは通常のすしの約3倍という

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