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知るコレ!

心の闇「うらめしや〜」 怪談

 暑いはずなのに、背筋が冷える―。怖い話を聞いて、そんな経験をした人もいるのではないでしょうか。時代を問わず、人を引きつける怪談。怖いけど、聞きたい。なぜなのでしょうか。(大沢悠)

◇人間模様が描かれた娯楽

伊藤晴雨が描いた「怪談乳房榎図」(全生庵提供)

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 右の絵を見てください。赤ん坊を抱えた男の幽霊が、滝の中からこちらをにらみつけています。幽霊が赤ん坊をさらったようにも見えますが、実は、滝に捨てられたわが子を父親の幽霊が助けているのです。この作品は、落語家の初代三遊亭円朝(1839〜1900年)が創作した「怪談乳房榎」の一場面を、画家の伊藤晴雨(1882〜1961年)が描いたものです。

 乳房榎では、絵師の菱川重信が、妻のおきせを弟子の磯貝浪江に取られた末に殺されてしまいます。重信とおきせの子、真与太郎も滝に捨てられますが、幽霊となって現れた重信が助けます。最後には成長した真与太郎が浪江をあだ討ちし、物語は幕を閉じます。

 そもそも怪談とは「化け物や幽霊などが出てくる気味の悪い話」です。平安時代や鎌倉時代の説話集には、すでに幽霊や化け物が出てきます。

 民俗学者で、国際日本文化研究センター(京都市)所長の小松和彦さん(72)は「『狐がつく』というような不思議な話は昔からあったが、自分たちで怖い話を作って楽しむエンターテインメントとしての怪談が広まったのは江戸時代。娯楽の面が強く、『楽しむ』ということに深く関わっています」と説明します。

 中でも人気があったのが、幽霊が出てくるものです。映画にもなった「四谷怪談」は、夫に毒を盛られて顔が崩れたお岩が、亡霊となって夫にたたる物語。夫婦関係や恋愛関係などの人間模様が描かれており、小松さんは「見た人、聞いた人が感情移入しやすい」と人気の秘密を話します。今も歌舞伎や落語の演目として語り継がれています。

 お盆にお墓参りをする風習は、死者の霊が戻ってくると考えられているためです。「このように人間が死を考え、死者を思う限り、幽霊や怪談はなくならないのではないでしょうか」

◇幽霊画のコレクションも

 怪談噺を得意としたのが、冒頭に登場した円朝です。「真景累ケ淵」や「牡丹灯籠」など、今も高座にかけられる怪談噺を創作しました。幽霊画のコレクターとしても知られ、その一部は東京都台東区にある全生庵に保管されています。

 住職の平井正修さん(51)は「なぜ集め始めたかは分かりませんが、百物語に合わせて100点集めるつもりだったのではないでしょうか」と推測します。

 100点を集める前に円朝は亡くなりますが、後援者が収集を続け、1906年の7回忌に50点を全生庵に寄贈しました。

 全生庵では毎年、8月11日の円朝の命日に合わせ、1日から1カ月間、幽霊画を展示します。今年は「怪談乳房榎図」など30点ほどを見ることができます。

 それにしても、幽霊はいるのでしょうか。平井さんは「よく聞かれます。いる、いないではなく、自分の心の中に何を持っているか、です。人は、自分の先入観やフィルター越しにしかものを見ていません」と話します。

 「どれだけ科学的な世の中になっても、人間の心は分からない。嫉妬や疑心暗鬼、恨みはなくならない。ある時は仏のような人が、ある時は鬼になる。人の心の負の部分、見られたくない部分、でもみんなが持っているもの、それを描いたのが幽霊画であり、怪談。だから人は引かれてしまうのではないでしょうか」

 幽霊は、私たちの心が生み出したものなのかもしれません。暗闇の中にろうそくをともすと、何かが見える…かも。

(右)鰭崎英朋の作品「蚊帳の前の幽霊」 (左)円山応挙が描いた「幽霊図」(いずれも全生庵提供)

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