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知るコレ!

国超え協力 平和求める 聖火リレー

オリンピア遺跡(いせき)のヘラ神殿跡(しんでんあと)の近くで行われた、北京(ペキン)大会の聖火(せいか)の出発式(しゅっぱつしき)=2008年3月、ギリシャで(舛本(ますもと)さん提供(ていきょう))

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 来年の東京(とうきょう)オリンピック・パラリンピックで行われる聖火(せいか)リレーは3月末(まつ)、東日本大震災(だいしんさい)で被災(ひさい)した福島県(ふくしまけん)からスタートし、約(やく)4カ月かけて全国(ぜんこく)を回ります。詳(くわ)しいルートは今年の夏に発表予定(はっぴょうよてい)です。聖火(せいか)の起源(きげん)やリレーの意義(いぎ)について、専門家(せんもんか)やかつての聖火(せいか)ランナーと考えてみましょう。 (福沢英里(ふくざわえり))

オリンピアで採火し開催地へ

 オリンピックの聖火(せいか)は、ギリシャにある古代(こだい)オリンピア遺跡(いせき)のヘラ神殿跡(しんでんあと)で、太陽(たいよう)の光を一点に集(あつ)める凹面鏡(おうめんきょう)で起(お)こした火。でも初(はじ)めて会場にともした火は採火(さいか)された場所(ばしょ)が今とは違(ちが)い、聖火(せいか)の名もありませんでした。「目的(もくてき)も異(こと)なり、会場の位置(いち)を知らせることでした」と「決定版(けっていばん) これがオリンピックだ」(講談社(こうだんしゃ))の著者(ちょしゃ)で首都(しゅと)大東京(とうきょう)の舛本直文特任教授(ますもとなおふみとくにんきょうじゅ)は話します。

 会場に最初(さいしょ)に火をともした可能性(かのうせい)があるのは1912年。この年にスウェーデンで行われた第(だい)5回ストックホルム大会で、スタジアムの東西に2つあったタワーから煙(けむり)が出ている図が添(そ)えられた報告(ほうこく)があるのです。タワーは「灯台(とうだい)」「時計塔(とけいとう)」と紹介(しょうかい)されていました。

 28年のオランダ・アムステルダム大会では、スタジアムに建(た)てられた高さ46メートルのタワーに夜間、点火。続(つづ)くアメリカ・ロサンゼルス大会でともされた火を、日本の新聞は「かがり火」と報道(ほうどう)しました。

 火を使(つか)った演出(えんしゅつ)が話題(わだい)になった、これら2大会を視察(しさつ)した人物(じんぶつ)がいました。ドイツのスポーツ研究者(けんきゅうしゃ)で、36年ベルリン大会組織委員会(そしきいいんかい)の事務総長(じむそうちょう)を務(つと)めたカール・ディームです。彼(かれ)は古代(こだい)ギリシャでたいまつリレー競走(きょうそう)があったことを知っており、ベルリン大会で神聖(しんせい)なギリシャ文化(ぶんか)を再現(さいげん)したいと考えました。34年、国際(こくさい)オリンピック委員会(いいんかい)(IOC(アイオーシー))の総会(そうかい)で、ドイツの委員(いいん)を通じて火を用いたリレーを提案(ていあん)し承認(しょうにん)。議事録(ぎじろく)に、IOC(アイオーシー)の公用語、フランス語で「聖火(せいか)」と記されました。これが初(はじ)めての記録(きろく)です。

 ただ、オリンピアで採火(さいか)するのは別(べつ)の人物(じんぶつ)の発案(はつあん)でした。カナダの大学にある研究施設(けんきゅうしせつ)「オリンピック研究国際(けんきゅうこくさい)センター」の創設者(そうせつしゃ)ロバート・バーニーさんの論文(ろんぶん)に、翌(よく)35年にギリシャの考古学者(こうこがくしゃ)が、「ギリシャ神話(しんわ)に基(もと)づいて太陽(たいよう)の神(かみ)アポロから授(さず)かった『聖(せい)なる火』とするよう提案(ていあん)した」と書かれています。今のように、オリンピアで採火(さいか)した火を開催地(かいさいち)へ運(はこ)ぶリレーはベルリン大会から始(はじ)まりました。

 ベルリン大会はナチス・ドイツの統治下(とうちか)で行われ、残念(ざんねん)なことに、その宣伝(せんでん)に利用(りよう)された上、第(だい)二次世界大戦(じせかいたいせん)が始(はじ)まると、軍隊(ぐんたい)が聖火(せいか)リレーのコースを通って侵攻(しんこう)した歴史(れきし)があります。ディームが掲(かか)げた聖火(せいか)リレーの意義(いぎ)は「国を超(こ)えて協力(きょうりょく)することの素晴(すば)らしさ」。「平和(へいわ)を求(もと)めるメッセージが込(こ)められていることを忘(わす)れないで」と舛本(ますもと)さんは力を込(こ)めます。

震災から復興感謝を伝えたい

 8年前の東日本大震災(だいしんさい)で死者(ししゃ)、行方不明者(ゆくえふめいしゃ)187人の犠牲(ぎせい)を出した宮城県岩沼(みやぎけんいわぬま)市で、来年の聖火(せいか)リレーを心待(こころま)ちにしているのが井口経明(いぐちつねあき)さん(73)。震災(しんさい)直後、復旧(ふっきゅう)の指揮(しき)を執(と)った前市長です。災害(さいがい)に強い町づくりを目指(めざ)して沿岸部(えんがんぶ)に整備(せいび)した公園「千年希望(せんねんきぼう)の丘(おか)」を案内(あんない)してくれました。津波(つなみ)の高さを伝(つた)える慰霊碑(いれいひ)や避難場所(ひなんばしょ)にもなる丘(おか)。「千年先も子どもたちが笑顔(えがお)でいられる町をつくる」という決意(けつい)が込(こ)められています。ここに聖火(せいか)リレーを呼(よ)ぼうとしているのです。

 井口(いぐち)さんは1964年の東京(とうきょう)オリンピックで聖火(せいか)ランナーを務(つと)めた1人。当時は18歳(さい)で浪人生(ろうにんせい)。ふるさとに特別(とくべつ)な思いはありませんでしたが、トーチを掲(かか)げ懸命(けんめい)に走った2キロの道のりを、約(やく)1万人の住民(じゅうみん)が見守(みまも)ってくれ、「地元のために何かしたいという気持(きも)ちが生まれました」。

 東京(とうきょう)オリンピックは東日本大震災(だいしんさい)からの「復興五輪(ふっこうごりん)」という理念(りねん)を掲(かか)げています。岩沼(いわぬま)市で聖火(せいか)リレーが実現(じつげん)したら「走る人も応援(おうえん)する人もオール岩沼(いわぬま)で盛(も)り上げたい。感謝(かんしゃ)の気持(きも)ちと、復興(ふっこう)した姿(すがた)を伝(つた)えたい」と井口(いぐち)さんは期待(きたい)します。

 

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