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知るコレ!

江戸時代 おしゃれに情熱 日本髪

島田髷(しまだまげ)の系統(けいとう)の一つ「結綿(ゆいわた)」を結(ゆ)ってもらった佐々木杏香(ささききょうか)さん=名古屋(なごや)市中区(なかく)で

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 長い髪(かみ)を立体的(りったいてき)に結(ゆ)い上げた「日本髪(がみ)」は、江戸時代(えどじだい)に花開(はなひら)いた、日本独自(どくじ)の女性(じょせい)の髪形(かみがた)です。現代(げんだい)では、時代劇(じだいげき)の登場人物(とうじょうじんぶつ)や京都(きょうと)の舞妓(まいこ)さんらが結(ゆ)っているのを見ることができますね。近年は、人生の節目(ふしめ)に体験(たいけん)したいという女性(じょせい)もいるようです。 (辻紗貴子(つじさきこ))

 14日の成人(せいじん)の日、名古屋(なごや)市中区(なかく)の美容院(びよういん)「ヘアーサロン千鳥(ちどり)」では、晴れの日を迎(むか)えた女性(じょせい)たちが、店長の竜也(たつや)さん(35)に、日本髪(がみ)を結(ゆ)ってもらっていました。

 専門(せんもん)学校生の佐々木杏香(ささききょうか)さん(20)は、高校生の時から予約(よやく)していました。「結綿(ゆいわた)」という主(おも)に若(わか)い女性(じょせい)用の日本髪(がみ)に、べっ甲(こう)のかんざしとくしをあしらいました。

 母親も成人式(せいじんしき)で着(き)たグレー地の振(ふ)り袖(そで)に身(み)を包(つつ)んだ佐々木(ささき)さんは「舞妓(まいこ)さんを見てかわいいと思っていたのでうれしい」と、満足(まんぞく)そうな笑顔(えがお)を見せました。

 竜也(たつや)さんは、京都(きょうと)の結髪師(けっぱつし)に師事(しじ)し、日本髪(がみ)を学びました。「要望(ようぼう)は成人式(せいじんしき)や結婚式(けっこんしき)の時が多いです。お稽古事(けいこごと)などの際(さい)に楽しむ人も」。日本髪(がみ)の形を現在(げんざい)のへアセットと同じ道具(どうぐ)で結(ゆ)う「新日本髪(がみ)」にも対応(たいおう)しています。

 日本でパーマが定着(ていちゃく)する以前(いぜん)は、美容師(びようし)が日本髪(がみ)を結(ゆ)えることは当たり前でしたが、和装(わそう)の機会(きかい)が減(へ)った現在(げんざい)は、結(ゆ)える人は、かなり限(かぎ)られているそう。「成人式(せいじんしき)などは伝統文化(でんとうぶんか)を体験(たいけん)する良(よ)い機会(きかい)。ぜひ一度結(いちどゆ)ってみてほしいです」

 平安時代(へいあんじだい)まで女性(じょせい)は長い髪(かみ)を後ろに垂(た)らしていました。武家(ぶけ)社会になった安土桃山時代(あづちももやまじだい)に、より動(うご)きやすいように髪(かみ)を束(たば)ねたり頭上に結(ゆ)ったりし、これが日本髪(がみ)の始(はじ)まりになりました。

 髪(かみ)を前髪(まえがみ)と鬢(びん)、髱(たぼ)、髷(まげ)に分けて、最初(さいしょ)に、後ろで結(むす)んだ髪(かみ)の根元(ねもと)に集(あつ)めるように結(ゆ)い=図(1)、ろうや松(まつ)やにを混(ま)ぜたびん付(つ)け油(あぶら)で固(かた)めました。髪(かみ)の長さが約(やく)1メートルあれば大抵(たいてい)の髪形(かみがた)は結(ゆ)えるそう。足りない部分(ぶぶん)は付(つ)け毛(げ)で補(おぎな)うのが普通(ふつう)でした。

 4つの基本形(きほんけい)=図(2)=を基(もと)に、変化形(へんかけい)は300種類以上(しゅるいいじょう)とも。髱(たぼ)を跳(は)ね上げた「鶺鴒髱(せきれいたぼ)」や鬢(びん)が横(よこ)に張(は)り出した「燈籠鬢(とうろうびん)」など、時期(じき)によって形が変化(へんか)しました。ポーラ文化研究所(ぶんかけんきゅうじょ)(東京都(とうきょうと))学芸員(がくげいいん)の渡辺美知代(わたなべみちよ)さん(37)によると「浮世絵(うきよえ)の女性(じょせい)の髪形(かみがた)を見れば、いつ頃(ごろ)を描(えが)いたかが分かります」。

 江戸時代(えどじだい)は身分(みぶん)によって髪形(かみがた)や服装(ふくそう)が規制(きせい)され、年齢(ねんれい)や既婚(きこん)・未婚(みこん)など、格好(かっこう)を見ればどんな人なのか分かりました。ちなみに昨年(さくねん)10月、高円宮家(たかまどのみやけ)の三女絢子(あやこ)さんが結婚式(けっこんしき)の際披露(さいひろう)した、おひなさまのような髪形(かみがた)「おすべらかし」は、宮廷(きゅうてい)の女性(じょせい)の髪形(かみがた)です。江戸時代(えどじだい)に、それまでの後ろに垂(た)らす「垂髪(すいはつ)」が、鬢(びん)を張(は)った形に変(か)わりました。

 凝(こ)った髪形(かみがた)になると自分で結(ゆ)うのは難(むずか)しく、江戸時代(えどじだい)半ばには髪(かみ)を結(ゆ)う専門(せんもん)の女性(じょせい)たちが登場(とうじょう)。毎日結(ゆ)い直すことはできず、髪形(かみがた)が崩(くず)れないよう寝(ね)る時は箱(はこ)のような形の硬(かた)い枕(まくら)を首に当てるなど気を配(くば)りました。

 日本髪(がみ)をさらに華(はな)やかにしたのが、黒髪(くろかみ)に映(は)えるかんざしやくしなど。中でも、タイマイというカメの甲羅(こうら)が材料(ざいりょう)の「べっ甲(こう)」製(せい)は女性(じょせい)たちの憧(あこが)れでした。

 江戸時代(えどじだい)は、髪(かみ)を洗(あら)うのはなんと月に1、2回。頭がかゆくならないの? 「なったと思います。耳かきのように先が曲(ま)がった形のかんざしなどでかいていたようです」と渡辺(わたなべ)さん。海藻(かいそう)のふのりとうどん粉(こ)を溶(と)いたお湯(ゆ)で洗(あら)い流(なが)しました。

 美(うつく)しい髪形(かみがた)を保(たも)つことに情熱(じょうねつ)を注(そそ)いだ江戸時代(えどじだい)の女性(じょせい)たち。渡辺(わたなべ)さんは「大変(たいへん)なだけなら、これほど頑張(がんば)らなかったのでは。当時の社会のルールの中でできるおしゃれを楽しんでいたと思います」と話しました。

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