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論壇時評

富山=日本の北欧 論争 中島岳志

 井手英策『富山は日本のスウェーデン』(集英社新書、2018年8月)をめぐって議論が起きている。

 井手は、保守的な土地柄とされる富山で、豊かな生活を享受する「日本的な北欧型社会」が実現しているという。人口は四十七都道府県のなかで三十七位だが、一人当たり県民所得は六位、勤労者世帯の実収入は四位、持ち家率、家の面積はいずれも一位だ。

 土台にあるのは、男女共働きが一般化している社会風土で、女性の正社員比率は全国トップ。三世代がともに暮らす環境で、子育ては祖父母が協力する。子どもの学力も全国トップレベル。生活保護の利用率も全国でもっとも少ない。

 井手はこの富山の現実を踏まえて、保守主義と社会民主主義の融合を説く。「保守的な社会の土台を見つめ、その何が機能不全となり、何が生き残っているのかを見きわめる。そしてその土台にしっかりと根を張れるような、まさに地に足の着いた政策をリベラルは考える責任がある」

 これに対して、『週刊金曜日』12月14日号は「富山県民座談会『富山は日本のスウェーデン』か?」を掲載し、井手の議論を批判する。ここで指摘されるのが富山の父権主義的な伝統の弊害である。自治会、町内会、老人会、消防団などの地域活動が活発であるものの、女性はお茶くみなどの雑役を強いられ、差別が横行する。男性の家事負担が少なく、女性に負担を押し付けることで、家族や社会の安定が成立している。

 この座談会に参加する斉藤正美は、「WEBマガジン・WEZZY」掲載の論考「『富山は日本のスウェーデン』ではない。自民党の家族観・女性観と変わらない井手英策氏の『富山モデル』」の中で、井手の議論が「自民党の改憲論議での『家族の助け合い』条項や安倍政権の女性・家族政策」と「大同小異」であると指摘する。安倍内閣は「女性が輝く社会」や「女性活躍」などを打ち出しているものの、男性中心主義的な家族観を土台としているために、女性に過剰な負担を強いる政策になっている。女性は家事労働、家庭教育などを引き受けた上で、経済活性化のための労働者として活躍しなければならない。井手の「富山モデル」は、この安倍内閣の政策と酷似しており、問題が多いと言う。まさに正鵠(せいこく)を射た議論だろう。

 ただし、井手は著書の中で、富山の父権主義の問題を指摘している。富山の女性の管理職割合は全国で七番目に低い。富山型デイサービスとして知られる介護事業も、女性が主な担い手となっている。この背景には、「介護労働が伝統的に女性の責務と考えられてきたこと」があると言う。富山では、女性が働く条件が整っているものの、「女性の社会的地位を保障するもの」にはなっていない。

 それでもなお、井手は富山モデルに可能性を見いだそうとする。なぜか。

 前述の『週刊金曜日』には、「著者・井手英策氏に疑問直撃−共同体の持つポジティブな面に光をあてた」という反論インタビューが掲載されている。ここで井手は、これまでの富山が家父長制的な価値観に基づいて女性や、地域、お年寄りに頼るモデルになっていたことを認めたうえで、現在は「それが機能しにくくなっている」と強調する。そして、歴史的に形成されてきた遺産を継承しつつ、「家族の役割を税金で代替したり、あたらしい地域の相互扶助関係を作ったりしながら補完していこう」と訴える。

 井手が警戒するのは、危機の時代における右派的な家族・共同体回帰現象である。これからのリベラル陣営は、共同体のネガティブな側面を批判するのではなく、「家族的、共同体的指向を社会民主主義的な方向に引っ張りこまなければならない」。「共同性や家族の原理をどのようにリベラル的に作り替えていくかを議論すべき」である。

 ポイントは、行政によるセーフティーネットを充実しつつ、家族や共同体のあり方をいかに再編成して行くかにあるだろう。「保守的なもの」と「リベラルな価値観」の融合を、具体的な生活世界において実現するヴィジョンと政策が求められている。

 (なかじま・たけし=東京工業大教授)

 

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