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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 作られた調書(下) 秦融(編集委員)

ネイルアートに弁護士バッジにあるひまわりを描いた、と初公判後の会見で示す西山美香さん。弁護団との一体感を心に秘めたという=大津市で

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 冤罪(えんざい)は「組織」がつくりだす。一方で、冤罪を解く鍵は「個人」にある。それは、裁判官も記者も同じ−。この取材を通じて、つくづく思うことだ。

 あらかじめ捜査側が作り上げたシナリオに沿って証拠が集められ、ジグソーパズルのピースを一つ一つ埋めていくように、供述調書が作られていく。事実ではないのに言葉巧みに誘導されたり、言ってもいないのに書き込まれたりする。そんなことが現実にある。

◆深刻な問題があらわ

 取材班と弁護団が協力して実施した獄中での精神鑑定では、冤罪被害者の西山美香さん(40)には、軽度の知的障害と発達障害が判明した。そのため、連載「西山美香さんの手紙」では、途中から「供述弱者を守れ」というカットを付けた。障害への配慮が欠ける司法は今も憂慮する。だが、取材を進めると、問題は障害への配慮の欠落だけではないことが見えてきた。

 郵便不正事件(二〇〇九年)で冤罪の被害に遭った厚生労働省元次官の村木厚子さん(64)は、事件についての取材を断り続けていたが、「障害のある方が被害者になったと聞かされたので」と特別にインタビューに応じ、同事件で見たまま、感じたままを語ってくれた。

 同事件では、検察によって証拠のフロッピーディスクが不正に改ざんされたことがクローズアップされた。多くの人にはそのイメージが強烈だ。だが、むしろ問題は供述調書の作り方にあった。逮捕された同省係長の供述調書に村木さんは驚いたという。

 「私と係長との会話がとてもリアルで、『ちょっと大変な案件だけどよろしくね』とか、『決裁なんかいいから早く作りなさい』とか、『ありがとう。あなたはこのことを忘れてください』とか、いっぱい書いてあるんです」

 耳を疑ったのは、その後、村木さんが言ったことだ。「裁判が終わってから、私と彼(係長)は一度だけ会いました。会ってお互いが、こう言ったんです。『私たち口をきいたことありませんよね』『僕たち口をきいたことありませんよね』って。『おはよう』『こんにちは』すら言ったことがなかったことを、お互いが確認したかったんです」

 言葉を交わしたことのない二人の会話が供述調書になる。そんなことがなぜ起きるのか。係長は、証明書の偽造は独断だったと何度訴えても検事が全く耳を貸さず、長期間の勾留で眠れなくなり、絶望的な心理状態で調書にサインしてしまった、と涙ながらに村木さんに語った、という。

 係長だけではない。同僚たちも、村木さんが関与した、という調書に次々に署名させられていった。「社会経験のある人たちでさえ、そうなんです」(村木さん)。供述弱者だけが冤罪の被害者になるのではなく、誰もが「供述弱者」にされてしまうシステムを、この事件は露見させた。

◆中から変えられない

 連載でこれらのことを記事にすると、多くの知人たちから「あれって本当なの?」と聞かれ、誰もが「恐ろしいね」と押し黙る。その災いが自分や家族の身に降りかかって来ないことを祈るのみ。この国の人々は、本来は自分を守るべき司法がある日突然、空恐ろしい災いになるリスクの中で生きている。

 無罪が確定し、厚労省に復帰した村木さんは、検察改革などに関係する法務省の委員を務め、その際に複数の元検事総長に会い、「ありがとう」と言われたという。

 「事件直後に会った二人は最初のせりふが『ありがとう』でした。『ありがとう』『中からは変えられなかった』と。『ありがとう』は本当に印象的でしたね」

 強固な上意下達の組織でありながら、不正な捜査手法の排除をトップダウンで改めることができない実態を、その「ありがとう」が示していた。村木さんは「でも、検察のこと笑えないですよね」とマスコミにも批判の矛先を向けた。

 「私の事件ではずっと検察に言われたままの情報を流し続けていました。ずっとです。保釈され、私への逆取材が始まった時期は各社バラバラ。ところが、報道の論調が百八十度変わるのは、ある日突然、全社一斉です。それぞれの新聞社やテレビ局が単独で変える勇気なんかない、ということです」

 そんな状況を村木さんは「検察への完璧な迎合」と評した。組織といえども、すべては現場にいる一人からしか始まらない。だが、組織に属しながら、一人で冤罪を解く道を進むことは容易ではない。それが検察もメディアも同じだという村木さんの指摘は、その通りだろう。

 幸いにも、私たちが始めた連載「西山美香さんの手紙」には、一人の記者を起点に、そこから始まる「個のつながり」があった。

       ◇

 再審初公判の三日、検察側は有罪立証しないことを法廷で明言し、西山さんの無罪が確実になった。取材着手からの経緯をあらためてたどった。

 (次週に追記を掲載)

 

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