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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 作られた調書(中) 秦融(編集委員)

西山さんが「事件当夜はめていた」腕時計。犯行の筋書きはなぜか「(1分を)数えた」ということに

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 西山美香さん(40)が「六十まで数えられない」と知ったのは昨年のことだった。きっかけは、タクシーの中での何げない会話。私が「警察も検察も、なぜ一分を計るのに、一、二、三…と頭の中で数えたことにしたのかなあ」とつぶやいたとき、西山さんが「本当だよね」と相づちをうち、こう言ったのだ。

 「私、二十までしか数えられないのにねえ」

 一瞬、耳を疑い、すぐに「本当?」と聞き返した。「うん、二十過ぎると混乱して、四十はもう難しい」。驚きだった。呼吸器事件で、供述調書に記された手口は、西山さんが「頭の中で(一分を)数えた」ことになっているからだ。

 調書の「数えた」を最初に不自然だと気付いたのは、四年前、大津支局にいてこの事件を洗い直していた角雄記記者(現社会部)だった。当欄のデスクとして支局の彼を訪ねた私に、事件の概要を説明した場面を印象的に記憶している。

◆正確な1分どう計る

 焦点の「一分をどう計るか」というところで、角記者は「それがですね、調書では、一、二、三と数えた、ということになってるんですよ。一分たつとアラームが鳴るので、六十を数えたということなんでしょうけどね」と私に説明した。聞いた私は、思わず失笑した。消音時間を利用する、という知能犯的な手口なのに、正確に一分を計る、という最も重要な手順が「数えた」ではあまりに稚拙で、誰しも、そりゃないだろう、と思うのではないか。

 「一秒でもオーバーしたら、アラームが鳴っちゃうわけだよね」。そう確認した私に、角記者は「しかも、二回か三回、繰り返し六十を数えたことになってるんですよ」と、あきれたように話した。

 供述は誘導されたものだろう。当初は、そう思った。警察が考えた手口を西山さんが誘導され、言わされた、と思ったのだ。まさか、刑事と検事が口裏を合わせてでっち上げの調書を作文するとは思いも寄らなかった。だが、調書が作文であることを警察自らが証明する証拠が残っていた。それが、再現ビデオだ。

 供述調書の内容を裏付けるため、通常の捜査で踏む手順がある。それが、現場検証での犯行の再現だ。この事件でも、事件現場となった病棟で現場検証が行われた。西山さんに患者が死亡した当夜の状況を事細かく再現させたビデオが証拠として残っている。ところが、驚いたことに、そのビデオには犯行手口の核心になる「数えた」場面がないのだ。

 ビデオを詳細に分析した弁護団長の井戸謙一弁護士によると、その場面は、西山さんが一回目の消音ボタンを押した後だ。すぐに、立ち会いの刑事が核心となる質問をする。

 「(二回目を)どのくらいで押した? 時計を見たとか?」

 供述調書の通りなら、ここで西山さんは、一分後に再びアラームが鳴るまでの六十秒を「数えた」と答えるはずだ。ところが、西山さんは首をかしげて答えない。そこで、刑事が再度、質問する。

 「感覚?」

 供述調書の通りなら、ここでは首を振って「数えた」と言わなければ、おかしい。しかし、西山さんは、自信なさそうにこうつぶやく。「だいたい」。それを受けて刑事が「だいたいの感覚」と念を押す。

 警察が調書で描いた緻密で計画的な犯行には、一分を正確に計時することが不可欠だ。時計で計る、と考えるのが常識的だろう。事件当夜、西山さんは腕時計をしていたといい、逮捕後も警察は一時的に預かった。再現ビデオでも刑事が「時計を見たとか?」とわざわざ聞いている。しかし、西山さんは首をかしげてそれには答えず、調書の通りに「数えた」とも言わず、揚げ句に出てきた言葉が「だいたい」だった。

 井戸弁護士は、その再現ビデオをパソコンで確認しながら、核心の場面で言いよどむ西山さんの様子を見て、私にこう言った。

 「これを見ると、分かります。実際に自分がやっていないことだから、その場面になると、美香さんは言いよどんで、答えられないんです」

◆詰めの甘い予行演習

 西山さんは現場検証の前に、取調官のA刑事と何度も予行演習をした、という。しかし、現場検証に立ち会い、西山さんに質問したのは、A刑事とは別の警察官だった。「(二回目を)どのくらいで押した?」。その答えは予行演習で抜けていたのか、そこまで筋書きを詰め切れていなかったのか。質問した警察官も疑問に思わず、撮影はそのまま続いた。創作した筋書きに合わせた供述調書を作ろうとしても、いずれはどこかでほころびが出る、ということだろう。

 供述調書の「数えた」と決定的に矛盾する再現ビデオのこのシーンは、もはや西山さんが無実であることを証明しているというだけにとどまらず、刑事と検事が作成した供述調書が捏造(ねつぞう)であることを暴き出した「動かぬ証拠」ともいえる。

 【1分間問題】滋賀県警は2004年、厳しい取り調べを受けていた西山さんが自ら「人工呼吸器の管を外した」と供述したため殺人容疑で逮捕したが、管が外れた際のアラーム(警報)音を誰も聞いていないため、矛盾が生じた。県警はアラーム無効時間(1分)を延長する方法を病院の技師から聞き出し、その通りに「消音ボタンを押し、1、2、3…と数えて1分たつ前にまた押すことを繰り返した」などという調書を作成、計画的犯行に仕立てた。

 

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