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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 作られた調書(上) 秦融(編集委員)

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 おばあちゃん子だった西山美香さん(40)の生来のやさしさを最も分かっていたのは、亡き祖母だった。「そんなこと(殺人)ができるような子やない」。両親が娘を信じようと決意するきっかけになった。お年寄りの気持ちをつかむのがうまく、母令子さん(69)は「近所のお年寄りとすぐに仲良くなった」と話す。そんな彼女らしい気遣いで、弁護団の誕生日にはお祝いのメッセージを欠かさない。

◆実は抜群の記憶力

 「今日は○○さんの誕生日やから」と自然に口にする様子から「どうして暗記できるの?」と聞いたことがある。すると「自分にとって大切な人なら簡単に覚えられる。十月は誰と誰、というように。興味のあることならどんどん覚えますよ」と事もなげに答えた。取材班のメンバーにも同様で、記憶の正確さには脱帽するしかない。

 西山さんに発達障害と軽度知的障害があることは、精神科医の小出将則医師による、獄中と出所後の二度の精神鑑定で分かった。「彼女にとって、興味があるかないかが重要で、勉強ができなかった、とすれば、興味が持てなかった、ということ。記憶力が劣っているということではない」と小出医師は解説する。

 二〇一七年八月に刑期満了で出所した西山さんと直接会うまでは、私たちはかなり偏った人物像を思い描いていたように思う。中学で「兄二人は優秀だったのに」と教師らに比較され、コンプレックスに苦しみ、看護助手になってからは、仕事のミスが多く、職場で孤立しがちだった。

 同僚看護師の調書でも「(患者に)配茶のときに廊下にこぼす」「仕事が雑」などのミスを指摘する内容が目につく。小出医師は「調書で同僚らに指摘されているミスや不注意のほとんどは、彼女の発達障害の特性で、手先が不器用なことに由来する」と説明。「周りが障害に気付いていないと、ミスや不注意を悪意に受け取られることが多く、悪い面ばかりが強調されてしまう」と当時の西山さんの苦悩を思いやる。

 小出医師は小中学校の通知表や作文を調べ担任教師が書き込む欄に「やさしい」という言葉が何度も出てくることに着目し、「これが彼女本来の性格であるのは間違いない」とみる。

 裁判資料になかった地元の農業高校での日々については、「本当に楽しかった」という。おんどりの攻撃を恐れて誰もがたじろぐ鶏舎での採卵が得意で「みんなに『すごーい!』って言われるのがうれしかった」。小中学校時代を「友達ができなかった」と振り返る言葉から暗いイメージが先行していたが、むしろ活発で明るいと今は感じる。

 「正しい」と思ったときには、遠慮せずに自己主張を貫く一面もある。検察が有罪立証を断念した、との情報が弁護団にもたらされた昨年秋、井戸謙一弁護団長は西山さんに「マスコミには『知らない』と答えて」と言い含めた。

 その約束を守りながらも発表後、西山さんは訴えた。「私はうそをついて冤罪(えんざい)になって、もう二度とうそはつかないと誓ったのに、うそをつくように言われたのは、つらかったです」。井戸団長も返す言葉がなく「謝るしかなかった」という。

◆「悪意」を見抜けず

 西山さんがうその自白を誘導されたのは、彼女らしい「やさしさ」とともに、精神鑑定で明白になった「相手の悪意を見抜くことができない」という「無垢(むく)な」性格ゆえだった。悪意を持つ当事者が「信頼する人」であれば、ほとんど無防備になる。逮捕後、拘置所に来た刑事に勧められ「否認してもそれは本当の私の気持ちではありません」という上申書を書かされたのは、その典型だった。

 西山さんを、自在にできる、と思ったのだろうか。取調官が、供述の誘導、さらには“捏造(ねつぞう)”へと手を染めた痕跡が明らかになった。チューブを外した後、消音ボタンを押してアラーム音が鳴らないようにした、という手口。調書には、障害のために「六十秒を数えられない」西山さんが、「数えた」と供述したように書き込まれた。無垢な供述弱者が付け込まれた「悪意」の解明が、再審法廷の焦点でもある。

       ◇

 西山さんは、生来の「やさしさ」と障害ゆえの「無垢な」性格に付け込まれて冤罪に陥れられた。そして十五年後の今、障害ゆえに「六十を数えられない」という事実が明らかになり、取調官が「数えた」と書いた供述の“捏造”が暴かれようとしている。刑事と検事によって調書が作られた経緯を検証する。

 【1分間問題】滋賀県警は2004年、厳しい取り調べを受けていた西山さんが自ら「人工呼吸器の管を外した」と供述したため殺人容疑で逮捕したが、管が外れた際のアラーム(警報)音を誰も聞いていないため、矛盾が生じた。県警はアラーム無効時間(1分)を延長する方法を病院の技師から聞き出し、その通りに「消音ボタンを押し、1、2、3…と数えて1分たつ前にまた押すことを繰り返した」などという調書を作成、計画的犯行に仕立てた。

 

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