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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪を導く調書(4) 角雄記(社会部)

自分を冤罪に巻き込んだ大阪地検特捜部の証拠改ざんが明らかになり、会見する村木さん(右手前)=2010年9月、東京・霞が関で

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 西山美香さん(40)を「うその自白」に追い込んだのは、自白偏重の古典的な捜査手法だった。トップ官僚が同じわなに陥れられた郵便不正事件(二〇〇九年)と重ね合わせ、無実の人を有罪へと追い込む供述調書の作り方を読み解く。

       ◇

 「自分からうそをついたのは、西山さんに責任がある」

 ある大学で呼吸器事件をテーマに講義した後、学生から西山美香さんがうその供述をしたことを責めるような感想が戻ってきて、複雑な気持ちになった。冷静に自分を保っている状況でうそをついた、と誤解しているのだろう。しかし、密室で被疑者の立場に置かれた状況は、それとはまったく異なる。

◆密室で迎合させる

 「人が亡くなっているという異常な事態で、すでにパニックになっている。密室では、頼れる人は取調官しかいない。優しくされたり、脅かされたり、いろいろされる中で、どんどん迎合していく。もう仕方がないんですよ」

 郵便不正事件(二〇〇九年)で冤罪(えんざい)被害の経験がある元厚生労働省事務次官の村木厚子さん(64)は「厚労省に何十年も勤務している、いい年齢のおじさんたちもそうだったんですから」と西山さんを弁護する。

 村木さんの言葉で最も印象に残っているのは「バーゲニング(交渉)」。同事件では、参考人として取り調べを受けた同僚九人中五人が村木さんの犯行を認める「うその供述調書」に次々にサインした。驚いた村木さんは苦悩のあまり、接見の弁護士に「どうしてみんなうそをつくのだろう」とこぼした。弁護士は「誰もうそなんかついていない」と答えた後、こう言った。

 「検事が自分たちのストーリーに合う調書を勝手に作り、そこからバーゲニングが始まるんだ。弱みを突かれた人は交渉に負けて、サインしてしまう」

 村木さんも今では冷静にこう理解する。

 「密室では大変な圧力を心理的に受けます。取り調べられる方は、相手がすべての権限を握っているようにも見えてしまう。何でもできるようなことを取調官が言う場合もある。身に覚えがなく、何が本当なのかも分からない。新聞に書いてあることは検察のリークですから。検事が書いた調書を基に交渉が始まり、相手は交渉のプロでこちらは素人。そういう状況で同僚たちもサインさせられたんだと思います」

 調書の一つ一つの文言を細かく詰め、有罪へといざなう隠れた意図をその場で理解し「ここが違う」「サインできない」と交渉する作業は「文書を作る仕事に慣れていた私ですら、ぐったりとするほど大変なことだった」と振り返る。

 時には表現や事実の巧妙なすり替えもある。

 「逮捕された係長たちのことを『うその供述をするとんでもない人たちだ』などと私が言ったかのように書いてあったので『すみません、私は誰かの悪口言ってませんよね』と言いました。検事は『立派な否認調書だと思いますよ。どこを直せばいいですか』と言うので『人格が違います。私とは人格の違う別の人間の調書です』って突き返しました」

 公判で裁判官の心証を悪くする狙いがあったのだろうか。仮定の質問も要注意だという。

 あるときは「係長さんがもしあなたを信じて、あなたの命令だったから偽の証明書を作ってしまった、としたら、どうですか?」と問われた。続いて「係長さんはそんなことをやる人ですか?」「お金のためにやる人ですか?」と問われ、「違います」と答えて出来上がった調書に驚いた。

 「はじめの『もし』の部分が消え『彼(係長)がこういう不正をしたのは、私の指示がきっかけです、申し訳なく思います』という内容になっていたんです」

 逮捕した時点で警察、検察が無実の可能性を検討する考えはほぼない。「自分たちに不都合なことはひと言も書かない」と村木さんは断言し、「笑ってしまった」というエピソードを明かした。

 「二時間近く徹底的にやりとりしたことがあった。ようやく『分かりました、これでサインします』と言うと検事が困って『ちょっと待ってください、上と相談してきます』って言ったんです。すごく腹が立って『ここにいなかった人に見せてオッケー取らないと調書が作れないって、どういうこと?』って」

◆真実の追求どこに

 組織の歯車になってしまった検事に真実の追求、法律家個人としてのあるべき姿を求める無意味さを象徴する話でもある。村木さんは、明言する。

 「供述弱者だけではない。誰でも起こり得ることです」

 体験者の、しかも、中央官庁のトップまで務めた村木さんのひと言ひと言が重く響いた。うその自白をした、いや、させられた西山さんに、それでも「責任がある」と誰が言えるだろうか。 =おわり

 

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