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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪を導く調書(3) 角雄記(社会部)

パソコン遠隔操作事件で誤認逮捕した男性への謝罪を終え、取材に応じる警視庁の幹部。郵便不正事件の反省は生かされなかった=2012年

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 西山美香さん(40)を「うその自白」に追い込んだのは、自白偏重の古典的な捜査手法だった。トップ官僚が同じわなに陥れられた郵便不正事件(二〇〇九年)と重ね合わせ、無実の人を有罪へと追い込む供述調書の作り方を読み解く。

     ◇

 刑事事件の取り調べを受ける経験は、多くの人にとって縁のないことだ。だから、うその自白に陥る心境というのは、想像するのがなかなか難しい。ましてや、その確率が「二分の一」と言われても、信じ難い、と思うだろう。

 無罪判決を待つ西山美香さんは、殺害から犯行の手口に至る詳細な「うその自白」をしたことについて「最初にうそをついているからつじつまが合わなくなり、そのたびに『ああじゃないか』『こうじゃないか』と誘導されてしまった」と語っている。

 障害のある人の助けになるのであれば、と取材班のインタビューに応じた元厚生労働事務次官の村木厚子さん(64)は「彼女(西山さん)は知的障害があるからって思うかもしれないけど、そうではない」と即答し、自身が巻き込まれた郵便不正事件(二〇〇九年)で、同僚たちが次々にうその証言をさせられていった事実を明かす。

◆厚労省職員も手玉に

 「厚労省の本省で勤務していた四十〜五十代の職員十人のうち、五人は『私が関与した』と証言した供述調書にサインしているんですよ。社会経験のある人たちでさえ、そうなんです」

 この職員十人のうち、一人は村木さん本人なので、実質は同僚の九人中五人。被疑者と参考人の違いはあるが、中央省庁の職員なら職務上、さまざまな組織の人を相手にしてきた経験は豊富だろうし、そのキャリアの中で培った対人関係の構築にしても、けっして苦手ではないはずだ。そんな人たちでも手玉に取られたのだから、驚かされる。

 さらに事件後、密室における取り調べの抜本的な見直しの必要性が問われながら「その期待を見事に裏切る事件が起きました」と村木さんは自著「日本型組織の病を考える」で述べ、パソコン遠隔操作事件(一二年)でも、うその自白が「二人に一人」で、同じ割合だったことを指摘する。

 この事件は、真犯人がITを使って見ず知らずの人のパソコンを遠隔操作し、本人が気付かないうちに公共機関などへの脅迫メールを送信させ、四人が誤認逮捕された。後に冤罪(えんざい)と判明するこの四人のうち、二人は全く身に覚えがないにもかかわらず「自白」した。しかも、犯人しか知り得ない、具体性、迫真性に満ちた「供述調書」も作成され、本人がサインした。

 「この四人のうち二人という確率に、なるほどと妙に納得しました。取り調べを受けた経験のない人は、この高確率を不思議に思うでしょう。しかし、今の警察、検察の取り調べを受ければ、半分の人は虚偽の自白、証言をしてしまうのが現実なのです。そして、多くの裁判では、その調書が、『具体性、迫真性がある』として証拠採用され、有罪の根拠とされるのです」(同書)

 西山さんの場合は、殺人という、あまりにも重大なことだった。しかし、そこにもからくりがあったことを、私たちは出所後、西山さんから聞かされた。

 「呼吸器のチューブを外した、とは言ったけど、殺したとは言っていないんです」

 それを伝えると、村木さんは「よく分かります。『殺しました』と言ってなくても『同じだよね』って言われ、そう書かれた調書を見せられ『違います』って言っても『同じだよね、意味は変わらないよね』って、誘導されるんですね」とうなずき、「東住吉の事件も似てましたね。お母さんは『助けられなかったから殺したのと同じだ』と言われて『殺した』にサインしたと聞いています」と指摘した。

◆娘を「殺した」ことに

 一六年に冤罪が確定した同事件(一九九五年、大阪市)では、後に車のガソリン漏れが原因と判明する火災を、母親と同居男性が保険金目当てで女児を殺害した、という犯行に仕立てられた。娘殺し、という恐ろしい無実の罪を自白させられた母親の青木恵子さん(55)は、当時の心境を「助けられなかったことは事実であり、ずっと自分自身を責め、やはり私が殺したことになるのだと思い込み、これ以上、耐えられない状態に陥ってしまい」などと著書「ママは殺人犯じゃない 冤罪・東住吉事件」で明かす。

 冤罪被害者の多くは「こればかりは体験した者にしか分からない」と口をそろえる。村木さんは「言ってないことが書いてあることは十分にあり得る。どういう取り調べの状況で、とか、どういう文脈の中で、とかが分からないと本当は何が語られたのかは分からない。調書は、何重にも真実から離れていくチャンスがある」と訴える。

 二人に一人がうその自白、だなんて。

 殺してもいないのに「殺した」と言うなんて。

 あなたは今もまだ、自信を持って「そんなこと、自分ならあり得ない」と言えますか。

 

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