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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪を導く調書(2) 角雄記(社会部)

刑事に雑談で話した愚痴が「許せなかった」という犯行動機にすり替えられ“作文”された供述調書

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 西山美香さん(39)を「うその自白」に追い込んだのは、自白偏重の古典的な捜査手法だった。トップ官僚が同じわなに陥れられた郵便不正事件(二〇〇九年)と重ね合わせ、無実の人を有罪へと追い込む供述調書の作り方を読み解く。

 動機は何か。事件が起きるたびに注目される。私自身が取材に携わった過去の大きな事件でも、動機に重点を置いて取材したり、記事を書いたりしてきたと思う。読者のみならず、事件の被害者も動機を知りたいと願うのが通常だろう。動機の解明は、事件捜査や裁判の中心を占めているとも言える。

 近く再審公判の始まる呼吸器事件では、元看護助手の西山美香さんが患者を殺害した動機は「病院への不満」とされた。起訴状(二〇〇四年七月二十七日付)には、動機はこう書かれている。

 「病院看護師らの自己に対する処遇等に憤まんを募らせていたところ、そのうっ積した気持ちを晴らすため同病院の入院患者を殺害しようと企て」

◆ストーリーありきで

 西山さんによれば、看護助手への処遇に不満を持っていたことは事実だ。西山さん自身が、同年十月十九日の第二回公判で「病院や(上司に当たる)看護師にいろいろ不満を持っていたことは間違いありません。しかし、Tさんに殺意を持って、人工呼吸器のチューブを引き抜いて殺そうとした事実はありません」と述べている。

 西山さんは、刑務所に収監中に捜査を振り返ってノートにつづり、殺人の動機が取り調べ刑事との雑談の中で「出来上がった」とする経緯も明かす。

 「病院に対する不満もきかれたので言ったら/A(刑事)にかってにストーリーを作られ調書にされてしまい私はTさんをころそうなどとは思ってないのに」

 「そしてもうこれ以上取り調べを受けてもどうせ私のことなんかわかってくれへんのやという思いとで私が病院に対する不満を弱い立場の患者さんにむけてTさんをちっそく死させたという調書に署名、なついんした」

 雑談から動機が出来上がった経緯を「よく分かります」と話すのは、後に検察の証拠改ざんが明らかになった「郵便不正事件」の冤罪(えんざい)被害者、元厚生労働省次官の村木厚子さん(63)だ。取材班が呼吸器事件の動機が作られた背景を説明すると、自らの事件のエピソードを交え、こう語った。

 「刑事と会話した内容の一部が抜き取られ、犯行動機にすり替わった、という話ですね。あれってただの雑談なんですよ。私の事件の時の係長も同じです。ただの雑談で『キャリア官僚との関係どうなの?』って質問に答えたら、動機になってしまって。取り調べ時の雑談はつい応じてしまいがちですが、それが材料に使われてしまうことはあります」

 郵便不正事件とは、偽の障害者団体に証明書を発行したノンキャリアの元係長が、課長だった村木さんの公印を勝手に押したことに端を発する。検察は、キャリア官僚がノンキャリアを踏み台にしている、とか、係長が無断で証明書の偽造に手を染めることはあり得ない、といったストーリーに固執。冤罪を生む要因となった。

 村木さんは言う。「逮捕という慣れない状況に陥ればパニックになるし、密室の取調室では頼る人は取調官しかいない。優しくされたり脅かされたりと、いろいろする中で、どんどんどんどん迎合していく。調書って、真実から離れていくチャンスが何重にもあるんです」

◆なぜ検察は“迎合”を

 取調官の警察官が作り上げた可能性が高いストーリーに、なぜ、検察は“迎合”してしまったのか。そもそも、病院への不満を晴らす方法が「殺人」というのは、少し飛躍しすぎではないだろうか。元検事の市川寛弁護士(54)も公判資料に目を通し、この動機にすぐに疑問を感じた、という。

 「この動機は、そう簡単に納得できないですよね。『なんでそうなるのか』と。動機と犯行が、なかなか結びつかない」

 その上で、検察に課せられた、時に暴走しがちな警察の捜査を軌道修正する役割の重さを、あらためて強調する。

 「警察が自白を取ってきても、『ちょっと待て』と一歩立ち止まるのが検事の仕事です。検事はある意味で『物分かりが悪く』なければいけないと、つくづく思います」

 供述調書は、時には強引に、時には都合の良い部分だけを集め、作成されることがある。冤罪事件には、被告本人にせよ、参考人にせよ、虚偽自白の供述調書が常に存在する。呼吸器事件も、郵便不正事件も、残した教訓は同じだ。

 

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