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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪を導く調書(1) 角雄記(社会部)

郵便不正事件で調書の「作文」があったと指摘する村木厚子さん=東京都内で

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 供述弱者の西山美香さん(39)を冤罪(えんざい)に陥れたのは「うその自白」だった。取り調べや供述調書をたどると、供述弱者でなくても、無実の人を罪に陥れる古典的な捜査手法が見えてくる。トップ官僚が同じわなに陥れられた郵便不正事件と重ね合わせ、冤罪を導く捜査手法を検証する。

      ◇

 一読したときから、その劇画チックな“語り”に違和感を覚えた。

 「呼吸器の消音ボタンの横の赤色のランプがチカチカチカチカとせわしなく点滅しているのが判(わか)りました」

 チューブを外した、という「うその自白」のところで、その場面。小説を気取ったような表現がその後に来る。「あれが、Tさんの心臓の鼓動を表す最後の灯だったのかも知れません」。極め付きは、殺害を告白した直後に出てくるフレーズだ。

 「こんなこと、誰にも話せませんでした。刑事さん、私は本当に悪い女ですね」

 昭和の刑事ドラマに出てくるような、古風な女性容疑者が名刑事に心を開く“泣かせる”場面を想像しそうなせりふは、平成の二十四歳の看護助手には、いかにも不似合いだった。劇画、小説、ドラマ調のどれもが、作者「A刑事」の供述調書の抜粋だ。

 「裁判で『具体性、迫真性』を問われるため、それを求めたんでしょう」

 そう話すのは、郵便不正事件の冤罪被害者として、検察がつくる冤罪のからくりを目の当たりにした元厚生労働省事務次官の村木厚子さん(63)。西山さんの調書を二〇〇五年の一審大津地裁は判決文で「極めて詳細かつ具体的」と信用性を高く評価している。

 郵便不正事件は、同省の係長が障害者団体の証明書を単独で偽造したのに、当時課長だった村木さんの指示であるかのような供述調書が作成された。そこには二人の架空の会話がいくつも出てくる、という。

◆話したことないのに

 「二人の会話がとてもリアルで、『ちょっと大変な案件だけどよろしくね』とか、『決裁なんかいいから早く作りなさい』とか、『ありがとう。あなたはこのことを忘れてください』とかいっぱい書いてあるんです」と振り返り、驚きの事実を明かした。

 「私と彼が、裁判が終わってからたった一回だけ会いました。会ってお互いが、こう言ったんです。『私たち、口利いたことありませんよね』『僕たち、口利いたことありませんよね』って。私も、どうしても聞いておきたかったし、彼も全く同じで、どうしても確認したかったんですって。『おはよう』『こんにちは』すら言ったことなかったことを、確認したかった」

 言葉を交わしたことのない二人の会話がなぜ、供述調書に記録されるのか。

 村木さんは、係長から聞かされた取り調べの内容を著書「日本型組織の病を考える」でこう書く。

 「証言では、ひどい取り調べの様子も明らかになりました。逮捕後、彼は検事に『証明書の偽造は独断でやった』と何度も訴えたのに、無視され、ちっとも聞いてもらえない。反対に記憶の曖昧さを突かれ、再逮捕や勾留延長をちらつかされる。いろいろなことを検事から言われるうちに、混乱し、自分の記憶に自信がなくなってしまう。眠れなくなり、精神的にも肉体的にも限界が近づく中、検事が望む通りにしなければいつまでたっても家に戻れないと思い始める。自分に負けてしまい、私の関与を認めてしまったと、涙ながらに証言しました。係長は『でっち上げです。検察官の作文です』とはっきり証言しました」

 郵便不正事件を契機に、録音録画の必要性が議論され、裁判員裁判対象事件などで導入されることになった。しかし、制度が前進しても、意識が変わらなければ同じなのだろう。

 その実例がことし三月、抵抗できない状態の実の娘と性交したとして準強制性交罪に問われた男性被告に名古屋地裁岡崎支部が無罪を言い渡した事件だった。判決の是非は別として、この事件で注目すべきは、娘が「抗拒不能」であることを認めていた父親の供述調書が検察による作文だった、ということだ。判決文はこう指摘する。

◆録音録画下でも強行

 「録音録画したDVDを検討すると、同供述部分に対応する被告人の供述が見当たらないか、取り調べを担当した検察官が断定的に問いただした内容に対して被告人が明示的に否定しなかったことをもって被告人が供述したかのような内容として記載されていることが確認できる」

 録音録画されながら、話してもいないことが供述調書になる現実は、今も変わらない、ということだ。いったん逮捕・起訴したら有罪のために手段を選ばない。そんな思考が「作文」という禁じ手へのためらいを失わせるのか。供述弱者に限らず、今なお架空の「自白」で罪に陥れられるリスクは、この国の誰にとっても人ごとではない。

 

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