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南海トラフ80%の内幕(7)実力不足の地震学  小沢慧一(社会部)

不開示理由を「問い合わせが殺到する」と説明した文部科学省による決定通知書

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 私が今回の議事録の内容を世に問うべきだと思った理由は二つある。

 一つは、地震学者たちが「科学的に問題がある」と言っている三十年以内の発生確率「70〜80%」という値を最新科学で証明されたかのように公表している違和感だ。

 私は「南海トラフは危険ではない」と言っているわけでも「備えはしなくてもいい」と言っているわけでもない。発生したら日本の大動脈に甚大な被害をもたらす可能性があるのは、その通りだ。だが、南海トラフ対策ありきで都合のいいモデルを選択しているのなら問題だ。

 国の政策の基礎データが科学に基づくべきなのは言をまたない。財源確保などのために数字を操作しているとも取れる行為は、国民や科学への重大な裏切りと言える。

◆ここでも「隠蔽体質」

 看過できないもう一つの理由は、公文書開示に対する国の消極的な姿勢だ。

 文部科学省は、議事録のすべてを最初から公開したわけではなかった。「税金を優先的に投入」「まず、お金を取らないと」。80%の確率を採用する決定打となったこれらの衝撃的な発言が記録された議事録は当初、文科省に開示を拒否された。それも「議事録はないので、公開できない」と担当者が伝えてきたのだ。結果的に公開されたのは、他の議事録の中に、このくだりの存在を暗示する発言を偶然見つけたからだ。

 開示された膨大な量の議事録をしらみつぶしにあたっているとき、ある委員の「非常にナイーブな議論があった。地震調査委員会側への圧力と受けとめられないように議事録から消したのか」という発言に目が留まった。この質問に対し、事務局は「社会的影響が考えられるときは非公開となるのだが、資料請求があった場合には、出すこととなる」と回答していた。「当時は委員会で公開を約束していたのではないか」と気付いた私は、文科省にこの部分を示し、再度文書を請求した。

 省内での検討のため、開示まで通常より一カ月長くかかったが、それでも部分的に「不開示」。文書で出てきた、一部を黒塗りにした理由に私はあぜんとした。

 「このような情報が公になることで、国民や報道関係者等から問い合わせが殺到するなど、国の機関または地方公共団体が行う事務または事業の適切な遂行に支障を及ぼすおそれがある」

 この理屈が通るなら、役所に不都合な情報は何も開示しないでいいことになるのではないか。

 このところ、政府が不都合な事実を隠す出来事が繰り返されている。陸上自衛隊イラク日報隠し問題や、森友学園を巡る財務省の文書改ざん。最近では、首相が主催する「桜を見る会」をめぐり、政府が今年の招待者名簿を野党議員による資料要求と同じ日にシュレッダーで廃棄したとし、「意図的な廃棄」と批判を集めた。

 公文書を隠蔽(いんぺい)する中央省庁は、国民から信頼を失う。地震調査研究推進本部にしても同じことだ。

 この国では長らく「予知」を過信し、東海地方に防災対策を集中してきた。手薄になった隙を襲われた一九九五年の阪神大震災で予知に頼る政策は「失敗」として総括され、その反省から同本部が設立されたはずだ。地震はいつ、どこで起きるのかわからない。それなのに、南海トラフだけを特別視し、切迫性を強調する情報発信をするのであれば、かつての道と同じ轍(てつ)を踏むことになるのではないか。

◆低確率の地で続発

 事実、影響は出ている。二〇一六年に熊本地震が起きた熊本県や一八年に地震が起きた北海道は発生前、南海トラフに比べて発生確率が低いことを「売り」にした企業誘致をしていた。いずれも被災後は改めたが、低確率を根拠に災害リスクが低いとPRしている自治体は他にもある。

 同本部には、年間で約八十億円もの予算が配分され、その成果の看板施策がこの三十年確率と、各地の確率を日本地図に落とし込んだ「全国地震動予測地図」だが、同地図で低確率だった場所で地震が続発し、被害が出ている。

 被災地に取材で出向くたび、被災者たちから「次は南海トラフだと思って対策していなかった」「不意打ち地震だ」という声を聞く。国と地震学者が正しく情報を出さない限り、この「誤解」が続き、被害は増大するだろう。

 未来の地震を予測し、限られた財源を集中することは地震大国に住む日本人の夢だが、現時点の地震学で、正確な予測は不可能だ。

 未来の予測ではなく、過去に地震が頻発している地域を紹介するぐらいにとどめ、どこでも地震が起こり得ることを正直に伝えた方がいいのではないか。少なくとも、南海トラフにおける三十年確率のあり方を一日も早く適正化することを求めたい。

 =おわり

 

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