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南海トラフ80%の内幕(5)科学の敗北 小沢慧一(社会部)

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 地震調査委員会が、南海トラフ地震の発生確率を「70%程度」から「70〜80%」に変更した昨年二月、識者から「水増し」「えこひいき」との指摘があった。入手した専門家会議の議事録には「科学的根拠がない」との批判が続出していたことが判明。確率が独り歩きする背景を探った。

 地震学の研究者たちが南海トラフ地震の確率について、「低い確率も正直に述べるべきだ」と訴えた主張はあえなくはね返された。防災学の学識者が「税金を優先的に投入」「まず、お金を取らないと」と赤裸々に語っていることに驚いたが、減率への反対意見がいきなり出てきたわけではなかった。

◆減率案に激しい反発

 地震学と防災学の研究者・識者が意見をぶつけ合った会議。二〇一二年十二月と、翌年二月に開かれた会議の議事録には、「地震学」側が、確率を下げる提案を慎重に持ち出し、「防災学」側が激しく反発する構図が鮮明に浮かび上がる。

 まず、地震学側の海溝型分科会事務局の吉田康宏地震調査管理官(当時)が「南海トラフは、実は他の海溝型(の地震)、あるいは活断層とは違う方法で確率を算出しています。(その)算出法は科学的に見てもいろいろ問題があるので、もうやめた方がいいのではないかという議論も出ています」と地震学者らの見解を述べ、他の地震と同じ算出方法による20%程度が「今の科学的知見から一番妥当性がある」と伝えた。

 反発を予測していたのか、吉田管理官は「防災意識が低下するおそれがある」と述べ、公表の際の落としどころとして(1)確率は表示しない(2)いま一番正直な新しいモデル20%のみを表示(3)20%と従来の時間予測モデルを両方採用(4)新旧いずれかを主表示にして、もう一方は※印として表示する−。この四案を提案した。ある委員は「両方とも率直に出すのが正直なところだと思います」と口添えした。

 防災学側に大きな衝撃が走った。

 「私たち、もうさんざん(高確率を導く)時間予測モデルで頭を洗脳されているんですよね。多分そういう人が世の中にはすごく多いはず」「ものすごい混乱を(社会に)引き起こす」

 減率案があまりにも唐突だったのだろう。防災学側の反応は当初、反論というより、とまどいの声が中心だった。衝撃の大きさを感じ取ったのか、地震学者側の委員が弁明する。

 「(今回の減率案は)東北地方大地震(東日本大震災)があって、われわれが『わかっていないことをわからないと言おう』といったことの一つの例。この時間予測モデルがなぜ成り立つかというのは、本当はわかっていない。私は講演では、(同モデルで発生が予測される)二〇三四年という言葉をよく使うがプラスマイナス何年かというのは実は本当はわからない、という言い方をします。この謎は全然わかっていない。やはり謎があって、これ本当にわれわれも理解できていないんですよね。地震学者がわからない、わからないと言うと怒られるんですけど」

 ある意味で、正直な告白だった。だが、「わからない」という弱みの告白が巻き返しを受ける糸口となった。ある委員がその口火を切る。

 「われわれの理解だと、南海トラフが一番過去のデータもあるし、一番よくわかっている例で、それ(時間予測モデル)に基づいてやるとこうであると、ずっと聞いていたはず」。追及を受け、「わからない」と発言した委員らしき人物が「私のしゃべり方が悪かった。全然無理というのは何回も言ったつもりだったんですが」と謝罪口調に変わる。

 防災学側の委員が「でも短い講演だとそういうふうには多分聞けないですよね」と突っ込むと、司会者まで「伝わらなきゃそれまでだろうということにもなります。いや、申し訳ないんだけど、そういうことなんですよね」と同調。防災学側の委員が一気にたたみかけてきた。

 「(高確率を)メインでお願いします。やっぱり防災対策がこれまで進んできたことと、それ(高確率の算出式)を覆すだけの根拠がないのであれば、その方が国民にとってわかりやすいんではないでしょうか?」

◆防戦一方の地震学側

 地震学側の委員が「これまで来た経緯も考えると、問題があるからといって否定ができるわけではないので、それは採用すべきだというのが私の方の考え」と同調。後押しするように司会者が「かなり割れているどころか、むしろ(減率へ)動こうとしている方向に反対の方がたくさんおられるということがおわかりいただけたと思います」。

 すでに流れは防災側の押せ押せ。両論併記で一致したはずの地震学側の足並みは乱れ、「科学」は防戦一方となっていった。

 

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