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南海トラフ80%の内幕(2)開示された議事録 小沢慧一(社会部)

開示請求した地震調査委員会議事録

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 予想してはいたものの、南海トラフ地震の発生確率に対して、専門家の間でこれほどまでにすさまじい異論が噴き出しているという現実は、想像を超えていた。

 二〇一二〜一三年にかけて開かれた「海溝型分科会」の議事録。日本各地で予想される地震の新たな発生確率を決める地震学者による専門家会議で、発言者の名前は黒塗りだが、委員には著名な研究者が名を連ねる。そのほぼ全員が、一二年当時60〜70%だった南海トラフ地震が三十年以内に発生する確率の算出方法に疑問を持っていたことが、議事録で判明したのだ。

 まず目に飛び込んできたのは、ある委員の発言だった。

 「確率計算を以前のやり方で今やれば、70%か80%という三十年確率が出てくると思うが、やり方一つ変えれば20%にもなる数字だということは、どこかに含ませておくべきではないか」

 開示請求した議事録が全て出そろったのは、ことし三月。まさか、七年前に数値の信頼性が揺らぐような議論があったとは、驚きだった。それならば、なぜ何のためらいもなく公表したのか。多数のメディアが誘導されるがままに報じたことに、怒りと悔しさ、情けなさを感じずにはいられなかった。

◆科学的に妥当でない

 別の委員は高い確率をはじき出す算定式に疑念を示し、こう発言している。

 「サイエンス(科学)の議論をさせてもらうのであれば、やはり(高確率の算定式を)残すのは妥当ではないと思う。少なくとも、この委員会では(算定式の)時間予測モデルは妥当ではないという意見があるわけで、それを出すのは納得できない」

 ここで出てきた「時間予測モデル」とは、先週のこの欄で書いたとおり、分科会の委員だった鷺谷威名古屋大教授(地殻変動学)が「南海トラフだけ、予測の数値を出す方法が違う」「特別扱いになっている」と話した「特別な」方法を指すようだ。鷺谷教授は「水増しをしている」「えこひいき」とも指摘したが、議事録でも「やり方一つ変えれば20%にもなる」と指摘されている。いったいどういうことなのか。

 二〇一三年五月に確率を発表した記者会見の場では何の説明もなかったようで、私も今回の取材で深掘りするまで、南海トラフだけが特別な計算式だということを知らず、「時間予測モデル」という用語も初耳だった。あらためて発表時の資料を読み返した。

 20%の確率のことは全体を要約した「主文」には一切出てこない。メディアは発表の内容を短時間で理解する必要があるのだから、主文に詳しく説明されていてしかるべきだ。これほどの議論になる事柄が、なぜ分厚い資料の後段に埋もれているのか。あえて気が付かれないように意図された、としか思えなかった。

 「やり方一つ変えれば20%にもなる」と議事録にある一般的な算出方法は、南海トラフ以外の地震すべてに適用されている。過去の地震から「平均的」な発生間隔を割り出し、確率を導く手法だ。

 南海トラフは数十年の間隔で起きることもあれば、数百年起きていないときもあり、発生間隔に大きなばらつきがある。確率を出す「今後三十年」も、人の一生の中では長いが、地震の周期としては、ほんのわずかな期間にすぎず、一般的な計算方法で「20%」という低確率になってしまうのは、今の地震学のレベルでは仕方がないことなのだ。

 さらに、議事録を読んで驚いたのは、そもそも地震学者たちの多くが確率を出すこと自体に懐疑的なことだ。確率について「いろいろ問題がある」「あまり意味が無い」「何のために出すのかわからない」「出すべきではない」「どう考えても出せない」という各委員らの否定的なコメントがぽんぽん飛び出しているのに目を疑ったほどだ。

◆インパクトありきだ

 ある委員の発言が象徴的だった。

 「確率の数字はインパクトがあるので、それにすがりたいというのはよくわかるし、降水確率もわかりやすい浸透した数字だと思う。しかし大きな地震は(たまにしか起きない)低頻度のものなので、発生確率をうまく使ってもらうことは難しい」

 降水確率でさえ、高確率で的中するようになったのは、上空の時々刻々の変化が可視化されてから。なぜ、南海トラフの確率を割り出す「時間予測モデル」は80%もの高確率をはじき出し、なおかつ、年ごとの確率があたかも数時間後の降水確率のように、どんどん上昇していくのか。議事録の中で語られるそのからくりの詳細に、私は開いた口がふさがらなかった。

      ◇

 地震調査委員会が、南海トラフ地震の発生確率を「70%程度」から「70〜80%」に変更した昨年二月、識者から「水増し」「えこひいき」との指摘があった。入手した専門家会議の議事録には「科学的根拠がない」との批判が続出していたことが判明。確率が独り歩きする背景を探った。

 

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