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薬物依存の「なぜ」(上)心の傷 秋田佐和子(北方通信部)

女性ハウスでは、毎日の規則正しい生活から自分を見つめ直す。朝の日課で掃除をする入所者=岐阜市内で

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 薬物やアルコールなどの依存症の回復支援施設「岐阜ダルク」(岐阜市)の女性専用寮「女性ハウス」を取材する前だったら、テレビのワイドショーでコメンテーターの口から出てきた「自己責任」あるいは「自業自得」という言葉に私も違和感を持たなかったのかもしれない。

 麻薬取締法違反の罪で起訴されたミュージシャンで俳優のピエール瀧(本名・瀧正則)元被告をめぐる報道でそんな言葉が語られるのを聞き、「まだまだ社会には、薬物依存症に対するゆがんだ理解があり、それが支援を難しくしている」という朝日大法学部長の大野正博教授(刑事法)の指摘を再認識せざるを得なかった。

 二〇一三年三月、岐阜市内の一軒家で開所した女性ハウスを取材するきっかけは、施設長の遠山香さん(54)が主宰する演劇を見たことだった。

◆自己表現で立ち直り

 迫真の演技で客席に訴えかけてくる迫力に圧倒された。何度も見に行ったが、毎回、初めて見た時と同じくらいの衝撃を受けた。薬をやめたいのにやめられない。主人公が追い詰められていく。クライマックスでは、観客席で泣いている人もいた。

 「演劇をやろうと思ったのは、世間の人に薬物依存がどんなものか知ってもらうため。やってみてよかった。私たちの仲間の多くは、自己表現やコミュニケーションが苦手。でも演劇という形なら、表現することが苦手でもいや応なくしっかり表現する。自己表現としてすごくいい」

 薬物依存から立ち直るためには自己表現が一つのカギだという。女性ハウスでの日常も、自分を見つめ直すことが、活動の基本にあるそうだ。なぜなのか。

 「薬物依存者の多くはもともと生きづらさをかかえてきた。薬物と出合い、使って苦しいことから逃げてきた。でも心の奥の痛みが解消されるわけじゃない。薬に頼るのではなく、自分と向き合い、受け入れることが大切になるんです」

 遠山さんと話すうちに、それぞれに薬物に依存する背景があることが見えてきた。同時に、自分が薬物使用者に抱いていたイメージが偏っていることにも気づかされた。「覚せい剤取締法違反容疑で逮捕」のニュースに接すると、捕まった人は「犯罪者」「悪い人」という印象しかなかった。暴力団が覚せい剤を資金源の一つにしている側面があっても、薬物依存症に陥った人たちすべてを同一視するのであれば、単なる差別や偏見でしかない。

 遠山さんとの出会いをきっかけに、岐阜ダルクや女性ハウスにも足を運ぶようになった。会ってみると、どの人も私の抱いていた先入観とは、大きな隔たりがあった。フルマラソンを完走した人、料理がうまい人、歌がうまい人など、それぞれが人としての魅力にあふれていた。女性ハウスの一日体験に行くと、誰もが優しく、気遣いできる人ばかりだった。トイレの場所、掃除道具のしまい方、調理道具の片付け方など、その都度、私が困っていると、尋ねる前に教えてくれた。

 その中の一人、レイコさん(三十代、仮名)は「私、中日新聞に救われたんですよ」と話し掛けてきた。逮捕と服役を繰り返し、拘置所で何げなく朝刊を開いていたときのこと。紙面で紹介されていた「父よ、彼らを赦(ゆる)してください。彼らは自分が何をしているのか、わかっていないのです」という聖書の一文に、目がくぎ付けになったという。

 「その『彼ら』とは自分のことだと思った。ずっと人を欺いて生きてきた、そんな自分こそ罪深い『彼ら』だと。涙が止まらなくなった。夜も眠れず何時間も泣き続けて『変わりたい』と心底思った」

◆誰にでもありうる病

 誰もが好きこのんで薬物依存になったわけではない。彼女の話が胸に響いた。同時に思った。心の問題であれば、誰にとっても人ごとではない、と。大野教授は言う。

 「依存症は『意思が弱い』からじゃなくて病気の問題。成育環境などから『使わざるを得ない』状況に追い込まれてしまった、支援が必要な立場の人なんです。薬物使用で捕まった人もごく普通の人。使用していない人も、もし環境が違っていたら、同じだったかもしれない」

 人それぞれにある背景から目をそらして「自己責任」「自業自得」と批判しても始まらない。ならば、どうすればよいか−。

     ◇

 なぜ、使用するのだろう。なぜ、再犯を繰り返すのだろう。なぜ、一人で立ち直るのが難しいのだろう。薬物依存の問題にずっと疑問を持っていた。一つ一つの疑問の答えを探しながら、取材を始めてから約一年。岐阜ダルクや女性ハウスの人たちから教えてもらったことを、読者のみなさんと共有したいと思う。

 

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