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琉球民族の遺骨返還問題(4)国家的事業 深世古峻一(津島通信局=前京都支局)

 昭和初期、京都帝国大(現京大)の研究者が沖縄の墓から多数の人骨を持ち出した。九十年後、子孫らの返還の求めを京大は拒み続ける。アカデミズムとして今の時代にふさわしいのか。大日本帝国時代の沖縄統治、現代の米軍基地問題とも関連する問題の背景とあるべき道筋を考える。

沖縄県埋蔵文化財センターに保管されている台湾大から返還された遺骨。段ボールの中に納められている=沖縄県西原町で、同県提供

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 二十世紀の初めごろ、この国は「学術」の名の下、人権が当たり前のように踏みにじられる空気に覆われていた。

 一九〇三年に大阪・天王寺で開かれた「第五回内国勧業博覧会」では、「学術人類館」という見せ物が話題を呼んだ。生身の人間が、琉球民族、アイヌ民族、台湾先住民などとして「展示」される非人道的な催しだった。それから二十数年がたつと、ドイツではナチスが台頭し、人種や民族で優劣を唱えることで国家体制を強化する動きが広がりつつあった。琉球、アイヌ民族の遺骨採集もそんな風潮の中、行われた。

 二八〜二九年。京都帝国大医学部教授の足立文太郎博士に命じられ、金関丈夫助教授(当時)は、国が管轄する帝国学士院(現・日本学士院)の助成金を受けて遺骨研究に着手した。学術に名を借りた国家的なミッションだったと考えるのが自然だろう。

◆“盗掘まがい”の手法

 金関氏が記した「琉球民俗誌」(法政大学出版局)に詳しい経緯が記される。それによると、出発前には琉球民族の手厚く死者を弔う習慣などを理由に、「折角(せっかく)見つけた骨を首尾よく持って帰れるか否か」と不安な心境をつづっている。

 金関氏は今帰仁村(なきじんそん)の百按司(むむじゃな)墓を二度訪れた。最初は県庁職員らが同行した二九年一月八日。多くの人骨を目の当たりにして後日に「徹底的に採集しよう」と決意し、数個の頭蓋骨を大風呂敷に包んで持ち帰った。二度目はその三日後。警察の許可を得て再び訪れ、地元住民を雇って、人骨を次々と持ち出した。「百按司墓を採集し尽くした」と記した。どの墓の遺骨かも記録しない“盗掘まがい”の手法だった。著書で経緯をこう釈明する。

 「人夫(にんぷ)(作業員)は在郷軍人とて、はなはだ使いやすい。ただし人骨に対しては、本地方人特有の嫌悪を示し、直接これに触ることを肯(うべな)わない。(中略)これは私の労力の負担を増し、採集時間の不足を結果することとなった。一々(いちいち)の人骨について、詳細な採集記録を作ることができなかったのは、この事情によるのである」

 遺骨の一部は警察の許可も得ていない。しかも、後々に墓と照合できないような乱暴な持ち出し方は、研究者の振る舞いとは思えない。帝国主義時代の国家プロジェクトの重圧が、金関氏に良識を失わせたのか。収集の最終的な目的を、返還などを求める訴訟の原告団長で龍谷大教授の松島泰勝さん(56)は「『清野コレクション』の一部にする目的があったのでは」と推測する。

 「清野コレクション」とは金関氏を指導していた同大の清野謙次教授が収集したとされる、国内外約千五百体の人骨資料。清野氏は琉球と本土の人は祖先が同じ、との説を唱えており、日本人のルーツをはっきりさせるために人骨を集めていたとみられる。

 清野コレクションを所蔵する京大院自然人類学研究室のホームページにはコレクションについて「日本列島におけるヒト集団の変遷とその生活様式の研究に大きな役割を果たし、多くの研究者が利用に訪れています」などと記載されている。だが、詳細を問い合わせると、「訴訟に関わる取材目的の質問については広報課をお通しください」とメールで回答を拒否。過剰に情報を開示しようとしない姿勢は、今回の問題を巡る京大の他の機関と同じだ。

◆横行した差別の構図

 沖縄の本土復帰(七二年)は遺骨の持ち去りから四十三年後。そんな戦後民主主義の真っただ中でも、戦前からの差別と被差別の構図が何も変わっていなかったことを象徴する出来事を、松島さんは思い出す。

 復帰を控えた那覇市での小学校時代、松島さんのクラスで「方言札」を担任の先生から強いられた。教室内で沖縄の方言をしゃべると、方言札を首に掛けられたという。

 「さらし者になりますからみんな嫌ですよね。だから、わざと他の生徒をたたく。痛いを沖縄では『あがー』って言うのですが、反射的に方言が出てしまう。沖縄は劣っていて、本土は優れている。そう思わざるを得ないような教育をわれわれは受けてきたわけです」

 私が小学校の時、社会の授業で先生が言っていた言葉が脳裏によぎった。

 「日本は単一民族だから近年は内戦が起きずに済んでいます」

 戦前の統治政策の下で「単一民族」に同化させられた人々やその子孫が今も多く存在する現実に目をつぶり、短絡的な平和論を語るのが、まっとうな教育なのだろうか。過去の過ちを正当化し、子孫への遺骨の返還を拒み続けて行う研究を「学術」と主張する京大。日本を代表する教育機関としての良識が今、問われている。 =おわり

 

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