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琉球民族の遺骨返還問題(2)価値観の違い 深世古峻一(京都支局)

遺骨が納められている百按司墓に残るつぼのような容器=沖縄県今帰仁村で

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 昭和初期、京都帝国大(現京大)の研究者が沖縄の墓から多数の人骨を持ち出した。九十年後、子孫らの返還の求めを京大は拒み続ける。アカデミズムとして今の時代にふさわしいのか。大日本帝国時代の沖縄統治、現代の米軍基地問題とも関連する問題の背景とあるべき道筋を考える。

 穏やかな東シナ海が見渡せる沖縄県庁十三階の会議室。四月にさしかかろうとする南国の空からは、夏のような強い日差しが室内へ差し込んでいた。

 「再風葬は考えておりません」

 骨の主の子孫という玉城毅さん(69)らの一行に開口一番、県教育庁文化財課の浜口寿夫課長が答えると、初めのうちは笑顔もみられた会議室の空気が一変した。

◆声荒らげ文化財否定

 「私にとっては文化財ではないんです。おじい、おばあ、そのご先祖から続く遺骨なんですよ」

 玉城さんが声を荒らげ、問答が続く。県側は、遺骨を県の施設で保管し琉球民族のルーツを探るために学術利用するという。ふいに一行の一人が問いかけた。「課長はうちなーんちゅ(沖縄の地元民)ですか」「いえ、違います」。浜口課長の答えに、男性はため息をついた。

 琉球民族の遺骨返還問題をめぐる県の立場は、浜口課長の個人的な見解で決まるわけではなく、県外出身者かどうか、とも関わりはない。とはいえ、この問題の根底には、百年以上前から続く本土との価値観の隔たりが根深く横たわっているのも確かだ。その象徴的な例が、お墓や先祖に対する考え方ともいえる。

 那覇空港から車で約二時間半。九十年前に遺骨が持ち出された沖縄県今帰仁村(なきじんそん)は、世界遺産で、十五世紀から琉球王府の役人の居城として使われた今帰仁城跡がある観光地としても知られる。

 運天港を一望にでき、低い山と透明度の高い海に囲まれ、潮の香りがはっきりと感じられる。

 「この壁も墓の一部なのですか?」。中世の地方豪族が風葬された遺構「百按司(むむじゃな)墓」で、身長約一八〇センチの私と同じ高さのしっくいの壁について聞くと、案内をしてくれた玉城さんが一瞬、眉をひそめた。

 「本来琉球の墓は何もさえぎるものはありません。壁は明治期につくられたものです」

 ここを訪れる人が最初に目にするその壁には、沖縄の人に複雑な感情を呼び起こす歴史が宿る。

 壁がつくられたのは、京都帝国大医学部の金関丈夫助教授(当時)が百按司墓から多数の遺骨を持ち出した昭和初期から、さらにさかのぼること四十五年。明治時代、当時の沖縄県令で東北出身の上杉茂憲が一帯を視察し、人骨が露出する墓を「荒れ果てている」と判断。外部から墓が見えないようにつくったのが、その壁だった。

 琉球民族遺骨返還訴訟の原告団長で、石垣島出身の松島泰勝さん(56)=龍谷大教授=は「荒れ果てていたという表現は日本人がそう感じ、表現しただけ。それを根拠にその後で金関が遺骨を取っていくわけです。琉球人と日本人の信仰の大きな違いが問題の背景にはあります」と語る。

◆「遺骨は生きている」

 琉球王国では埋葬ではなく風葬だった。遺体を木棺に入れ、時が流れて骨になると、泡盛などで丁寧に洗ってつぼに入れるか、野ざらしで置いておく場合もあった。百按司墓では今も壁の上から墓をのぞくと、小さな人骨がいくつか見える。それは風葬文化の痕跡でもある。

 私も当初は人骨が散らばる光景を少し不気味に感じた。だが、松島さんは「遺骨は生きているというのがわれわれの価値観。お墓は怖い場所ではないんです」と、自身のエピソードも交えながら教えてくれた。幼いころ、松島さんの家族が石垣島から那覇市に転居する際、墓も移した。三角形の屋根が付いた家のような形をした沖縄特有の「破風墓(はふばか)」を新築し、その中で親族が盛大にお祝いしたという。

 「沖縄のお墓は基本的に本土のように埋葬はしないので、中は大人数が入れる空洞。そこに骨つぼに入れた遺骨があるんです。私と父親と三線(さんしん)を弾く民謡歌手が入り、踊りました。家が新築されたような感覚でご先祖さまにとっても喜ばしいわけです」

 根底にあるのは、死後も人は生き続けるという価値観だ。ご先祖さまの魂が安心して暮らせるよう、自分たちが住む家よりもお墓を充実させる場合もあるという。

 沖縄では毎春「清明祭(しーみー)」と呼ばれる、お墓の前に親族が集まって明るい雰囲気で食事をする行事がある。

 「遺骨が地中ではなく、そこにあるから成立する行事であり、お墓は生きている親族との接点を築く場所。生きている人にとっても重要な場所なんです」

 なまりの残る口調からは松島さんの温和な人柄が伝わってくるが、沖縄の歴史と文化を語る言葉には、妥協を許さない信念がこもっていた。

 

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