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株式会社「仙拓」の8年(7)未来を開く 秦融(編集委員)

スマホでテレビ電話を接続する藤田さん=愛知県東海市で

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 仙拓を創業した佐藤仙務(ひさむ)さん(27)と松元拓也さん(30)に共通する、あきらめない力、わずかな可能性に突き進む意志の強さ、人の弱さに共感できる能力は、病気を乗り越える過程で育まれた。

 佐藤さんは昨年、新たに、障害者がお年寄りとテレビ電話で話し、認知症の進行を予防する事業を始めた。スタッフの藤田美佳子さん(47)=愛知県東海市=は、佐藤さんを「私にとって、頼れる上司、そのひと言です」と言う。医師から筋委縮性側索硬化症(ALS)の発症を告げられ、社会から取り残される孤独感の中にいたある日、娘の学校で佐藤さんが講演すると聞き、面会に行った。「控室で会った途端、大泣きしてしまって。この人なら分かってくれる、と思って、わーっとなってしまった」と言う。

 講習で資格を取り、銀行員、保育士などの経験を生かそうとスタッフに。「IT音痴の私にできるかな」。藤田さんの不安を佐藤さんは「ITなんて覚えちゃえばどうってことないですよ」と解きほぐしてくれた。「休日や夜に電話で『ちょっとやってみましょうか』と。お忙しいのに、と言うと『いやあ、ぼくなんて、パソコンの前で暇にしてますから』なんて言って」。福祉の制度がわからないと、詳しく教え、人も紹介してくれる。ずっと年下だが「部下をほっておかず、招き寄せる懐の深さに圧倒される」。

◆絶望のふち、自ら脱出

 そんな佐藤さんが一度だけ家族に「死にたい」とこぼしたことがある。仙拓創業六年目の二〇一六年三月。過労がたたり、肺炎が重症化。呼吸困難から酸素吸入の管が外せず「もう声は出なくなる」と医師に宣告されたときのことだ。命が優先との判断も、佐藤さんには「体が動かないので、声が出ないのは、とどめを刺されるぐらいの感じ」というほどショックだった。

 一度は絶望したが、あきらめなかった。「知り合いに聞き、ネットで情報を集め、医者に、これを試したい、あれを試したい、と。医療機器を自分なりに組み合わせ、そうしたら声が出た。本当に奇跡に近い」。カギは担当した別の医師にあった。「ネットで僕のことを調べて思いを理解し、僕と同じ熱量で一緒に頑張ってくれた。他の医師なら無理だった」。親身になってもらう心強さを痛感した。

 その茂木(もてぎ)雅臣医師=現慈恵医大助教=にも忘れがたい出来事だった。「専門的な医療器具の複雑な話を、現物も見ずにどれとどれがつながるはずだ、と。すごいと思った」。声が出た瞬間、佐藤さんが涙を流したことも記憶に刻まれている。

佐藤さんが「声を取り戻した」当時を振り返る茂木医師=東京で

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 茂木さんは生まれつき軽度の難聴。「ハンディがある点は同じなので、どこがどう困るか、には共感しやすい」。それが「同じ熱量」につながった。「ハンディは逆に強みだと僕は思う。『先生に手術をお願いしたのは、同じ立場で自分の気持ちを分かってくれるから』と何人もの人に言われましたから」と言う。

◆条件反射的な習慣に

 条件反射的に「相手の身になる」習慣を身に付けてきた佐藤さんは、彼なりの営業の極意をこう語る。

 <最も大事なことは「相手の身になる」ことだと考えている。ポイントは、想像上でどれほど「相手の心を完コピ(完全コピー)」できるかだ。それは浅い想像力では到底不可能だ。とにかく深く、とにかく相手の立場になり切って、相手を取り巻いている環境や、相手の事情、相手が気にしている競業(ライバル会社)の様子、今の体調・精神状態などを想定する。「こちらがこういう提案をすると相手が必ず喜ぶ」という、脳内シミュレーションをする。それが「相手の心を完コピ」する、ということだ>(THE PAGE「寝たきり社長の働き方改革」から抜粋)

 それは仙拓でITスタッフを指導してきた松元さんのポリシーとも重なる。

 「働き方のマネジメントはすごく難しい。僕らはネットが切れた途端に、会えない。つながっている間に察知できるかどうか。句読点の付け方の違い一つで相手の異変に気づかないといけない」

 株式会社「仙拓」の物語は、体が動かない難病ながら、類いまれな感性を持つ二人が遭遇した奇跡であり、頑張れば誰にでもできる話ではない。だが、彼らが目指す未来に現実が近づけば、より多くの人に希望の光が差すのではないか。二人の物語は、そんな希望のある社会の序章なのかもしれない。

 =おわり

 

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