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株式会社「仙拓」の8年(3)社会の荒波 秦融(編集委員)

 ともに重度の障害がありながら、特別支援学校を卒業後に株式会社「仙拓」を創業した自称「寝たきり社長」の佐藤仙務(ひさむ)さん(27)と、松元拓也さん(30)。八年間の道のりと、時代の先端を行く二人の夢を追う。

出会った人の写真はフェイスブックでその日のうちにアップ。佐藤さんはネット上で縦横無尽に営業活動を繰り広げる

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 仙拓立ち上げからの三年は文字通り、石の上にも三年、だった。世間の世知辛さが身に染みる経験をいくつもした。仕事が取れずに「焦っていた」という社長で営業を担う佐藤さんは、ネットの掲示板を利用した。発注者と受注希望者がつながるマッチングサイト。名刺とウェブ制作で複数応募すると、一社がウェブ制作で「ぜひ、お願いします」と返信してきた。

 すぐに松元さんに「仕事が取れそう」と連絡。松元さんは「どんな会社なの?」と聞いてきたが「ネット経由のマッチングだからよく分からん」と伝えた。松元さんは「そんなんでいいの?」と素性のわからない相手との商談を警戒し、佐藤さんも不安だったが「仕事がないからしょうがない」と押し切ると、松元さんも受け入れた。

◆衝撃 だまされる

 注文内容を松元さんに送り、細かい要望や修正作業のやりとりを何度も繰り返した。ようやく先方にデータを納品すると、その直後から連絡が取れなくなった。

 「全然電話にも出ない。呼び出し音が鳴ってもすぐに切られる。最初は『あれ、なんか失礼なことでもしたかな』と。でも身に覚えがない」

 だまされたのでは、と思い始めた佐藤さんは、母稲枝さん(57)に頼み、社用とは別の携帯で掛けてもらうと、相手の女性はすんなり出た。だが、仙拓を名乗り、仕事の件をぶつけると態度を豹変(ひょうへん)させた。「こんな使い物にならないものに、お金を払えるわけないでしょ!」。ヒステリックに電話を切られた。

 「相手の意をくんで何度も直し、使い物にならないわけはない。相手は多分、障害者の会社と知っていたと思う。ホームページを見れば分かるので。仕事がなく、焦って取って、先方の言いようにされてお金が入らない。ショックだった」

 起業直後は「障害者だからって仕事をくれるほど、世の中甘くないぞ」と後輩の佐藤さんを叱咤(しった)した松元さんも、逆に障害者の足元を見て付け込まれたことに面食らった。佐藤さんをとがめることなく「世の中、障害者をだまそうと考える人もいるんだねえ」と笑って済ませたが、鮮烈なレッスンをこう振り返る。

 「障害者と見透かしてやったかもしれないけど、こちらも無防備だった。踏み倒されないような設定も知らない未熟な状態だと、やりたい放題やられる。ビジネスの世界、やったもん勝ちですもんね」

 結局、この案件でお金は一銭も入らなかった。「今思うと、世の中が皆いい人とは限らないという当たり前の話かもしれない。特別支援学校を出たばかりで子どもに毛が生えたぐらいの障害者が会社を立ち上げたからって、学校に守られてきたそれまでとは違う。もっと慎重に、と学んだ」と佐藤さん。起業後すぐに仕事を取るのはそれほど難しく「社名を売って仕事を取るのが僕の役割だけど、僕のことも会社のことも、社会に知られてない。仕事を取る手段がなかなか思いつかなかった。彼(松元さん)も仕事がないと出番がないので、すごくはっぱをかけられた」。

 制作を担う松元さんも苦しかった。「ペーペーな頃って何でも『はいはいやります』って。今なら、これくらいかかりますよ、と言えるけど。情報一万二千件打ち込むような案件を徹夜でやって、起きて、またパソコンに向かって。体がぶち壊れそうなほどやっても、お金にならず、給料は出ず、法人税はかかり、会社続くのか、という恐怖感との戦いでしたね」。その結果、初年度の売り上げは現在の十分の一以下の七十六万円だった。

◆自信がつき成長

 「会社と言うにはおこがましいくらい。でも、障害者が二人で七十六万円って今でも相当難しいこと。二人の自信になったし、その金額の大切さを、これからどんだけ稼いでも忘れたらあかんな、と思いましたね」と佐藤さん。

 有給、介護、育児休暇など、昨今ではさまざまな制度に守られ、毎月末に自動的に給料が振り込まれる安定した企業のサラリーマンに、追い詰められた彼らの状況は想像もできないかもしれない。だが、そこから生まれた七十六万円は、若い起業家の二人を確実に成長させた。

 

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