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株式会社「仙拓」の8年(1)起業 秦融(編集委員)

佐藤さんの名刺。自社のスタッフが作成した

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 八年前の二〇一一年九月、本紙夕刊にこんな記事が載った。

 「起業実現『働く喜び』 愛知 重度障害の男性二人 HP(ホームページ)制作に奮闘中」

 愛知県立港特別支援学校を前年に卒業した佐藤仙務(ひさむ)さん(27)がまだ十九歳、三つ上の松元拓也さん(30)が二十二歳ながら、名前から一文字ずつとった合同会社「仙拓」を立ち上げ、半年がたったころに紹介された記事だった。

◆生まれつき難病

 二人は生まれつき脊髄性筋萎縮症(SMA)という難病。十万人に一人か二人の発症率だが、偶然にも同県知多半島の、佐藤さんは東海市、松元さんは常滑市で育ち、親同士も交流する幼なじみだった。同じく知多半島に住む私はその後の二人の動向に注目してきた。

 佐藤さんはほぼベッドの上で寝たきり、松元さんは電動車いすで、ともに体を自由に動かすことができない。どうやって会社を運営するのだろうか。だが、佐藤さんと松元さんを直接取材して気づかされた。私自身が「自分で稼ぐ」ことに、あまりにも無知だった、ということに。

 サラリーマンの私には「稼ぐ」とは、会社で仕事をすること以外にはイメージが湧きにくい。重度の障害がありながら収入を得る方法として、障害者施設での軽作業などが思い浮かぶ。言うまでもなく、二人はそのいずれでもない。佐藤さんは今も従業員を雇って事業を続け、昨年、独立して自分の会社を立ち上げた松元さんは、初年度からサラリーマンの平均年収に近い売り上げを出している。圧倒的なハンディでどう成し遂げてきたのだろうか。

 仙拓は当初の合同会社から一三年に株式会社に改め、佐藤社長以下、執行役員一人、パート五人、委託スタッフ四人で、身体障害者は佐藤さんを含めて四人という体制。名刺とホームページの作成を軸に事業展開している。

 東海市のアパートの一室にある事務所を訪ねると、ヘルパーの女性が出迎えてくれ、奥の部屋でベッドに寝たきりの佐藤さんが明るい声で「こんにちは。よろしくお願いしまーす」と声を掛けてきた。

◆パソコンを駆使

 その頭上にはパソコンがあり、視線に反応するセンサーでカーソルを動かし、わずかに動く指でマウスをクリックする。ベッドのわきで、床に寝転がってその技を拝見すると、カーソルが素早く動き、カチカチというクリック音とともに、文字が着実に変換されていく。

 社員との会議や、営業、顧客との交渉など、どのようにしているのだろうか。

 「ほぼ何でもできますよ。今はいろんなソフトや、サービスがあるので。社内の会議もテレビ電話やチャットでやるし、お客さんへの請求書の発送もネットで代行してくれます。一件あたりの手数料は二百円弱なので、手間を考えると安いですよね」

 複数の社員や時には顧客も入って仕事の打ち合わせをするのに使うテレビ電話のソフトは四十分までが無料だそうだが「十分です。四十分以上の会議なんて、だいたい意味ないですよね」。そのひと言で、彼が管理職として優れた一面を持っていることに気づかされる。

 ぶしつけに会社の売上額を聞いてみた。

 「以前は聞かれるままにしゃべってたんですよ。でも、聞いた人の受け取り方があって、多い、少ない、どちらの印象になるとしても、いろんな言われ方されるんで、難しいですね、どこまで言うかって」

 企業イメージを心配する佐藤さんに代わり、すでに公になっている額で説明すると、こうだ。松元さんと二人で会社を立ち上げた初年度の売り上げは七十六万円。八年を経た今期は十倍を優に超える。毎年百万円以上を着実に上積みしてきた実績は見事なものだ。

 起業に必要な準備資金の数十万円を、二人は親の援助の申し出をあえて断り、自力で用意したという。作文が得意だった佐藤さんは、懸賞金付きエッセーコンテストに手当たり次第に応募。ウェブ関係の資格を五つも取得していた松元さんは、佐藤さんの親戚が営む洋菓子店のホームページ制作を請け負い、合わせて目標額を達成した。

 自分ができることと、それを求める相手を探し出す。「特技をお金に換える発想でやってみました」。起業とは、どういうことか。佐藤さんの言葉に疑問の答えがありそうな気がする。

      ◇

 会社勤めよりも起業の方が「むしろハードルが低かった」と語る佐藤さんと松元さん。今日までの道のりと、思い描く夢から見えてきた「時代の先端を走る二人の姿」をリポートする。

 

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