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西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪の解き方(1) 秦融(編集委員)

出所後、初めてスマホを手にし、操作の仕方を小出将則医師(左)に聞く西山美香さん=2017年9月、滋賀県彦根市内で

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 呼吸器事件で二〇一七年十二月二十日に再審開始を決定した大阪高裁(後藤真理子裁判長=現東京高裁部総括判事)は、無実を訴え続ける西山美香さん(39)が「うその自白」を誘導された可能性を認定した。西山さんは逮捕された〇四年当時をこう振り返る。

 「あのころの私は二十四歳といっても、信頼できる大人は、お父さんとお母さんとおばあちゃんしかいなかった。今ならだまされないと思うけど、当時は取調室に閉じ込められて相談できる人もなく、だまされてしまったと思うんです」

 一七年八月に西山さんが出所して以来、取材班の記者たちはラインで、再審を待つ不安な気持ち、ハローワークに通う日々、就職先での出来事などのやりとりを交わし、両親と暮らす自宅を訪ね、その人となりにふれてきた。再審開始決定後は、検察の特別抗告で一年余もの審理が最高裁で続く。冤罪(えんざい)を解く道のりは、なぜこれほどまで遠いのか。一日も早い再審開始を願う彼女と家族の切実な願いに接すると、いたたまれない気持ちになる。

◆障害の疑いがカギに

 私たちが再審を訴える報道を同年五月十四日に始めた理由は、獄中から両親にあてた三百五十通余の手紙に切々とつづられた訴えの真実味と、精神科医の小出将則医師(57)と臨床心理士による獄中での精神鑑定だった。西山さんに軽度の知的障害と発達障害の疑いがあることが、なぜ“うその自白”をしたのかという疑問を解くカギになり、後に日弁連も「うその自白を精神医学的に説明できる」と再審支援を決定した。

 その鑑定に同行した帰り道、獄中で西山さんと会った臨床心理士の女性が、彼女を「少女」に例えてこう言った。

 「子どもがささいなことでうそをつくと母親はショックを受けて、重大に考えてしまうことがありますよね。そんなとき、私はよくその母親に言うんです。子どもって後先を深く考えずに、ついうそをつくことなんて、当たり前にありますよって。西山さんがついうそをついてしまったことは十分あるだろうな、と感じました」。そのうそを発端に、手慣れた捜査員たちの口車に乗せられ、警察が描いた複雑な計画殺人の筋書き通り、巧みに供述を誘導されていく場面が思い浮かんだ。

 その後、彼女が語ったとされる供述調書の「(人工呼吸器の)チューブを外して殺したのです。私がやったことは人殺しです」が実際に本人が言ったかどうかさえ疑わしくなった。出所した西山さんに「なぜ自分から『殺した』と言ったんですか」と聞いたとき、西山さんはこう言った。

 「私は『外した』とは言ったけど『殺した』とは言ってないんです。でも(取り調べた刑事の)Aさんに『外したなら殺したのと一緒のことやろ』と言われて反論できなかった」

 西山さんには、ある出来事と関連して起きる出来事を予想する判断力が特に弱いという結果が精神鑑定で出ている。「チューブを外した」は、厳しい取り調べを受けていたシングルマザーの同僚看護師を「かわいそう」と思い、自分が悪者になって彼女を守ろうとしてついたうそだったが、それが殺人の自白になるという連想が西山さんにはできなかった。その直前に病院で「不安神経症」(うつ状態)と診断され、正常にものごとを判断できる状態でもなかった。

◆「わな」だと気づけず

 西山さんは〇四年、初公判を待つ拘置所で、A刑事に頼まれ「もしも罪状認否で否認してもそれは本当の私の気持ちではありません」という検事あての手紙を書かされた。そのことを聞くと、彼女は逆に「なぜAさんは私にそんな手紙を書かせたのですか?」と聞き返してきた。A刑事の意図が有罪を確実にするためのわなだと気づくことも、彼女にはできなかった。

 「殺した」の供述はA刑事が書いた調書にしかなく、同じ日に西山さん自身が書いた自供書にはない。A刑事が西山さんを犯人と決めつけて書いた疑いの強いこの「自白」は、その後の七度の裁判で繰り返し、彼女自ら語った「真実」とされてしまった。

 「任意の取り調べを受けていた被告人は自ら被害者を故意に殺害したと供述した。自白には極めて高い自発性を認めることができる」(一審大津地裁判決)

 「窒息死」を導いた司法解剖鑑定書の誤りを見逃した二十四人の裁判官たちは、A刑事が書いた「殺した」を証拠に有罪を認定し続けた。自白偏重の司法の罪と言うほかない。

      ◇

 たとえ刑事のでっち上げであっても、逮捕前の自白の証拠能力は裁判の行方を左右し、確定した判決を再審請求審で崩すのは容易ではない。大阪高裁はその困難な道をどのように切り開いたのか、検証する。

 

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