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メメント・モリ

第8部「終を支える」総集編

 住み慣れた自宅での最期を望む人が七割にも及ぶのに、実際には多くが病院で人生の幕を閉じている。「自分らしい死」を望む声が高まる中、連載「メメント・モリ」第8部「終(つい)を支える」(全五回)では、人間の死を見届け、旅立ちを支える人々の姿を追った。総集編では、訪問看護師に支えられて残された時間を過ごす患者や、全国に広がるホームホスピスの先駆者らを取材し、多死社会の新たな潮流を探った。

◆寝たきりの入院、帰宅を決断

自宅に戻り、訪問看護師に支えられて歩行訓練を始めた男性(左)=愛知県岡崎市で

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 「自宅で最期を迎えたい」と望む人を支える訪問医療。医師や看護師のケアを受けながら住み慣れた家で過ごす患者の中には、入院中とは正反対の生き生きした顔を見せたり、食欲を取り戻したりする人もいる。

 二年前に胃がんを患い、後に肺炎を引き起こした愛知県岡崎市の男性(80)もそうだった。病院では寝たきりの日々。やがて体が弱り、表情も失っていった。

 妻は「話し掛けても反応がなく、目も開けられず、もうだめかな、と思った」と振り返る。入院して五カ月が過ぎた今年九月。寝たきりの状態から良くなることはないと医師から言われていたが、「このまま人生を終えるのはかわいそう」と男性を自宅に連れ帰る決意をした。

 台所から漂うカレーライスの匂いやテレビの音声、家族の会話。日常に戻り、膝に飛び乗ってきた愛犬を抱いた時、男性は目に涙を浮かべていた。

 病院では肺炎の再発を防ぐため、口からの食事は認められなかった。だが自宅では「何か食べたい」と訴え、訪問看護師とともに水やゼリーをのみ込む訓練を始めた。

 十一月には、毎年恒例のリンゴ狩りに家族で出かけた。病院の医師から「死を覚悟して食べて」と言われたリンゴを味わい、「次は京都に行きたい」と笑顔を見せた。その姿は「寝たきりで、無表情だったのに、ここまで元気になるとは」と家族を驚かせた。

 老年医学に詳しいふくろうクリニック等々力(東京)の山口潔院長(43)によると、病院では治療を優先するため、再び肺炎を起こさないように絶食させることが多い。一方、在宅では「リスクがあっても本人や家族の意思を尊重できる。家庭ならではの刺激もあり、しゃきっとすることが多い」と説明する。

 妻は「このまま衰えていくのか、奇跡的に回復するのかは、わからない」。ただ、歯磨きや薬の服用を手伝ってあげた時に男性が「幸せだな」とつぶやいたのは、本心からだったと思う。病院では家族に死別を覚悟させた男性は今、家庭の空気に包まれて生きている。

◆全国ホームホスピス協会・市原美穂理事長に聞く

全国ホームホスピス協会・市原美穂理事長

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 病気や障害があっても、自宅のような雰囲気の中で最期まで過ごせる「ホームホスピス」が、全国で少しずつ増えている。一般社団法人「全国ホームホスピス協会」の市原美穂理事長(71)に、その意義や今後の課題を聞いた。

     ◇ 

 住み慣れた地域にある民家で、5人ほどが必要な看護や介護のケアを受けながら自宅のように生活する。そんな場所、仕組みがホームホスピスです。

 宮崎市で日本初の「かあさんの家」を2004年に設立しました。当時は「病院から在宅へ」という掛け声のもと、国が高齢者医療の重点を転換させ始めた時期でした。

 しかし実際には「退院してと言われたが、どこに行けばいいのか」「自宅で親を看取(みと)れるか不安だ」という声が出ました。それなら、自宅でも病院でも施設でもない「自宅のような場所」をつくろうと考え、民家を借りて始めました。人件費が足りず、自分の貯金から持ち出すなど苦労もありました。

 老人ホームなど制度に定められた施設にしなかった理由は、年齢や病気、要介護度など条件があるから。条件に合わない人は利用できなくなってしまう。

 「ホームホスピスは最期を迎えるための看取りの場」と思っている人は多い。だが、私たちはそう考えていません。看取りは生活の延長線上にある。利用者が最期まで人生を全うし、家族も悔いなく看取れる時間と場所を提供するのが私たちの役割です。

 「かあさんの家」を見学に来た人たちが、自分の地域でホームホスピスを始め、全国に広まっている。私たちの理念とは異なる施設が「ホームホスピス」を名乗ることも起きたため、2013年に商標登録。必要な研修を受けるなどした上で名称を使ってもらっている。10月1日時点で、全国各地の45カ所に広がっています。

 ホームホスピスはどの公的制度にも入らない。制度化されると、個々への柔軟な対応が難しくなる。制度の枠を超えたところで、どう活動を展開していくかが、今後の課題です。

 <いちはら・みほ> 1947年、宮崎県生まれ。夫が開業した医院で事務長として働く。米国で在宅ホスピスを視察した後、2002年にNPO法人「ホームホスピス宮崎」の理事長に就任し、04年に「かあさんの家」を開設。15年には一般社団法人「全国ホームホスピス協会」を立ち上げ、理事長に就いた。著書に「ホームホスピス『かあさんの家』のつくり方」(木星舎)など。

◆広がる在宅医療 自宅で最期「可能」3割超す

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 がんで余命わずかとなった際、自宅で残された時間を過ごすことを「実現可能」と考える人が増えている。公益財団法人「日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団」(ホスピス財団)が二〇一七年に行った意識調査では三割を超え、六年前の18%を上回った。「自宅での最期」を望む声が高まっていることが背景にあるとみられる。

 意識調査は〇五年に始まり、〇八年、一一年にも実施。毎回、二十歳以上の男女約千人が回答している。

 「がんで余命一〜二カ月になったら自宅で最期を過ごしたいか」との質問に対し、31・2%が「自宅で過ごしたいし、実現可能」と回答。初回から三回目の調査までは二割ほどでほぼ横ばいだったが、今回初めて三割を超えた。

 反対に「自宅で過ごしたいが実現は難しい」と答えた人は41・6%。前回の一一年調査の63・1%から大幅に減少した。

 ただ、子どもがいる人の回答だけをみると、「実現は難しい」と答えた人は47・1%に上った。実際に世話をすることになる家族への気兼ねがあるとみられる。

 調査結果について、同財団の大谷正身事務局長は「二十四時間対応の訪問看護ステーションが増えるなど、在宅医療を支える環境が整ってきているほか、新聞や書籍、講演などで情報が広まり、現実味のある選択肢になってきたのではないか」と分析した。

◆変わる葬儀 「おくりびと」譲れぬ覚悟

模擬納棺で棺にけさをかける水野祐太さん(右)=愛知県豊田市で

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 十一月中旬、愛知県豊田市の葬儀会館の控室で、葬祭ディレクターの水野祐太さん(31)が遺族に語りかけた。「亡くなった人に何かをしてあげるため、残されたわずかな場です」

 通夜の前に、故人の身支度を調える納棺の儀。水野さんの手ほどきで、二人一組になった遺族が布団に横たわる故人の手足に白い足袋や手甲を着けていった。

 「息を合わせて、支えてあげてください」。着替えを済ませた遺体を、全員で抱えて棺(ひつぎ)に納めた。保存用のドライアイスを詰め、ふたを閉じる直前。「おつかれさん」、「がんばったね」。遺族から故人をねぎらう言葉がかけられて、三十分ほどの儀式は終わった。

 「故人の体に触れることで死を感じ取り、自らの生を思う。葬儀以上に大切な別れの儀式とも言える」。水野さんが勤める同市の葬儀会社「フューネ」の三浦直樹社長(43)は、納棺の意義を話す。二〇〇八年公開の映画「おくりびと」で脚光を浴びたが、最近では「効率や安さを重視し、外注や省略するケースが増えてきた」という現実もある。

 多死社会を迎え、葬祭業界は変化の波にさらされている。需要の増加を見込んだ流通大手やIT企業などの異業種が相次いで参入。通夜を省いた一日葬や、告別式を行わず病院から火葬場に直接移動して荼毘(だび)に付す直葬など、簡素で低価格の葬儀を選ぶ人が増えている。

 一方で、海洋散骨や遺灰を風船で空に飛ばすバルーン葬など、伝統や宗教にとらわれない葬儀が営まれるケースも出てきた。「時代によって弔いのかたちは変わる」と三浦さん。ただ同時に「遺体の尊厳が失われれば、葬式はただの遺体処理に陥る」との危機感もある。

 三浦さんのもとで水野さんが働き始めたのは六年前。アルバイト生活から一念発起して葬祭業界に飛び込んだ。「高齢社会の中で将来性があると、ぼんやりながら考えていた」

 仕事を始めて間もないころ、病院で亡くなった直後の遺体に触れて、驚いた。動かないし、言葉も発しない。「でも、柔らかく、温かかった」。それ以来、生きている人と同じように接するよう心がけている。

 「葬儀のあり方は変わっても、遺体と向き合う気持ちは同じように持ち続けたい」。それが故人の旅立ちを支える「おくりびと」の覚悟だと、水野さんは考えている。

◆医療情報や患者の本音、ネットで共有 秋田の医師会

 在宅医療や介護の従事者らが、死期の迫った患者の状態をICT(情報通信技術)を使って共有する取り組みが進んでいる。医療情報や患者の本音を把握し、「自分らしい最期」に向けた支援につなげる狙いだ。

 「痛み止め増量です」「孫が来ると聞いて、うれしそうにしています」「歩けるようになりたい」−。インターネット上で情報を共有するシステム「ナラティブブック秋田」には、医師や看護師、薬剤師、介護職に加え、患者本人や家族が発信する文言が並ぶ。

 秋田県の由利本荘医師会が2015年に導入。ナラティブは英語で「物語」の意味で、医療情報に加え、患者の日常生活やこれまでの人生、死生観などを、物語として記録し、共有することが最大の特徴だ。

 タブレット端末などから専用ページに書き込み、閲覧できる仕組み。家族が思い出の写真や励ましの言葉を投稿することもできる。由利本荘市と、にかほ市の計65の施設が利用する。

 ICTを利用した情報共有の例はこれまでにもあった。ただ、同医師会の伊藤伸一副会長(61)によると、医療関係者の間で行うのがほとんどで患者本人が書き込む苦悩や思いを共有する例はなかった。

 伊藤さんは「医療情報だけでは、本当の姿は見えない。患者の人生や死生観を知ることで、終末期にどういう医療を受けたいかを知る手掛かりになる」と話す。患者にも「面と向かっては言いにくいこともつぶやける」などと好評で、県内外へ活用を呼び掛ける方針だ。

 

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