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メメント・モリ

第8部「終を支える」 (5)臨床宗教師

カウンター越しに男性の話に耳を傾ける臨床宗教師の隠一哉さん=岐阜県大垣市のアミターバで

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 死期の迫った患者らが医療を受けながら暮らす「アミターバ」(岐阜県大垣市)の喫茶室。今年一月、入浴を終えた本木亨さん=当時(85)=が姿を見せた。「風呂上がりに紅茶でも飲めると最高なんだけどなあ」

 腎臓病で水分を制限されていた本木さん。人工透析による延命を拒み、残された時間は限られていた。カウンター越しに聞いていた臨床宗教師の隠一哉(なばりはじめ)さん(42)は「いずれ死ぬとわかっていても、死にたくない。生きたいから、我慢している」と推し量った。

 死を目前とした人から本音を引き出し、心の痛みや苦しみを和らげるのが臨床宗教師の役目。隠さんは看護師に掛け合い、「五十ミリリットルなら飲んでもいい」と許可を得た。「なみなみ入っているように見えるね」。小さなカップに紅茶を注ぐと、本木さんはうれしそうに口に含んだ。

 約一カ月後。自室を訪ねてきた隠さんに、本木さんが声を荒らげた。「飲めないのがつらい。もう我慢できませんよ」。隠さんはただ、「そうですよね。我慢できませんよね」と聞いていた。本木さんは黙り込んだ後、再び口を開いた。「仕方がないですよね。こうなってみて、健康が一番幸せだと心から思いますよ」

 感情をはき出すことで、現実を受け入れる心の準備ができる。隠さんは、本木さんの言葉から死を迎える覚悟を感じ取った。

 それから三週間ほどして、本木さんは逝った。長女の吉村幸子さん(57)は「家族にも気を使って弱音を言わない人だった。話を聞いてもらえて、与えられた命を全うできた」と感じている。

 「スピリチュアル・ペイン」といわれる、死を間近にした人の心の痛み。世界保健機関(WHO)は一九九〇年、肉体的な痛みなどと並ぶ苦痛に位置づけた。欧米では病院や軍隊などにいる「チャプレン」と呼ばれる聖職者が心のケアを担う。

 だが日本での取り組みは緒に就いたばかりだ。東日本大震災を契機に、宗教者や医師らが中心になり、東北大で臨床宗教師の養成が始まった。上智大や愛知学院大など各地に広がり、宗教・宗派を超えた百五十九人が一般社団法人日本臨床宗教師会から認定を受けている。

 「医療や介護だけでは解決できない痛みに寄り添えないか」。自身も僧籍を持つ沼口諭医師(57)が二〇一五年にアミターバを開設。隠さんら三人が患者らの「話し相手」になっている。

 隠さんは週に三日、アミターバの喫茶室に通う。先月中旬には、気になっていた患者の部屋に足を運んだ。

 九年前の交通事故で身体の自由が利かず、胃に通したチューブから栄養を取る大橋正次さん(72)。隠さんの姿を見ると、かすれた声で訴えた。「見舞いに来てくれる家族に何もしてあげられない。生きている価値が見つからない」

 繰り返される自問に、隠さんは何度もうなずいた。「家族を気遣うあなたの姿を見たお孫さんは、人にやさしくなれると思いますよ」。安心した表情を見せた大橋さんがつぶやいた。「また、本音が出てしまいましたね」

 =終わり

 (取材班=北島忠輔、小笠原寛明、白名正和、伊勢村優希)

 

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