トップ > 特集・連載 > メメント・モリ > 記事一覧 > 記事

ここから本文

メメント・モリ

第8部「終を支える」 (1)訪問看護師

肺がん末期の男性の自宅で、足をマッサージする看護師の小森恵太さん=愛知県幸田町で

写真

 死を目前にした命が輝いた。小雨が降った十一月上旬の昼下がり。肺がん末期の男性(59)が、昨年まで勤めていた愛知県蒲郡市の生コンクリート会社を訪れた。「おーっ」と車いすを囲む仲間たちが代わる代わる手を握ると、こわばっていた男性の表情が緩んだ。

 「うれしいね」。車いすを押す妻の声に、男性は笑顔でうなずいた。「いい顔、してるね」。付き添った看護師の小森恵太さん(39)は、つい数日前との違いに驚いた。

 男性のがんは脊椎にも転移し、年は越せないとみられていた。「住み慣れた家に帰りたい」と十月に退院。小森さんが営む訪問看護ステーション「つむぐ」のサービスを受けながら、残された時間を同県幸田町の自宅で過ごしていた。

 看護師は毎日訪れ、体温や栄養状態を確認する。がんによる胸や背中の痛みは薬で抑え、治療はしない。妻や娘が体を拭いたり、たんを吸ったりしてくれる。だが自ら望んだ生活の中で、男性が言葉を発することはほとんどなかった。

 未来がない。自分のことを自分でできない。友人とのつながりがない。「三本柱が折れて、気持ちが沈みきっている」。小森さんがそう感じていた頃、仲間から「ミキサー車を見に来ないか」と誘いがあった。

 男性は行きたいそぶりを見せた。すぐに小森さんは横になったまま移動できる車いすを手配し、外出を後押しした。「心残りのないように生き抜き、旅立つ舞台を演出するのが、私の仕事だから」

 十年前、小森さんは救命の現場にいた。「死は敗北」とみなされる、いわば正反対の職場。本人の意に反して延命措置を施すことも、しばしばあった。

 「何で病院に連れてきたんだ」と叫ぶ老人。「最期は家で過ごさせてあげたかった」と悔いる遺族。そんな姿を何度も見た。「病院では、本人の望みを果たせない」と昨年四月、「つむぐ」を立ち上げた。在宅で看取(みと)った人数は二十人を超える。

 一年間に百三十万人以上が亡くなる多死社会。公益財団法人の調査では、自宅での最期を望む人は七割超に及ぶ。政府も在宅医療を推し進めるが、実際に自宅で最期を迎えた人は一割強にとどまる。

 在宅での看取りを行う医療機関が足りず、多くの人が病院で亡くなっていく。家で死を迎えたい患者や家族を支えているのは、小森さんのような訪問看護師だ。

 仲間との再会を楽しんだ六日後の朝。妻と二人の娘に見守られ、男性は息を引き取った。直後に駆け付けた小森さんは、ぬくもりの残る手を握った。「ありがとう」

 あの日を境に、男性は家族との会話が増えた。「うるさいのが、やっぱりいいな」。そう言い残して逝った男性と過ごした時間を、妻は「楽しかった。私たちへの贈り物だった」と振り返る。

 仲間との再会。家族のにぎやかな会話。日常の延長線上にある一日一日の積み重ねが納得の最期につながる。男性が残してくれたメッセージを、小森さんはかみしめている。

     ◇ 

 旅立つ人がいれば、見送る人がいる。多死社会を迎えても、在宅医療や高齢者施設の態勢は追い付かない。「自分らしい死に方」を望む声が高まる中、人生の「終(つい)」を支える人々の姿を追った。

 (この連載は全五回です)

 連載にご意見をお寄せください。〒460 8511(住所不要)中日新聞 社会部「メメント・モリ」取材班 ファクス052(201)4331、Eメールshakai@chunichi.co.jp

 

この記事を印刷する

新聞購読のご案内

PR情報

地域のニュース
愛知
岐阜
三重
静岡
長野
福井
滋賀
石川
富山
地方選挙

Search | 検索