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教育

<なぜ今?非認知能力> (下)埼玉で数値化の試み

「いいこと」をした級友に「グッジョブ!」と声を掛ける子どもたち=埼玉県神川町の青柳小で

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 やり抜く力や自制心、社会性といった、学力テストで測れない力「非認知能力」。埼玉県は、県内の公立小中学校で毎年調査し、数値化して各学校にフィードバックしている。どう測り、生かしているのか。

 埼玉県北部、神川町の青柳小学校。二年生の帰りの会で、子どもたちが挙手し、「友達の良いところ」「友達にしてもらいうれしかったこと」を発表していた。「落としたノートを拾ってくれた」などの行いを、皆で声を合わせて「グッジョブ!」とたたえる。

 保健室前の掲示板には、言葉の言い換えによって物事の受け止め方を変える「リフレーミング」が紹介されていた。「地味」は「控えめ」、「うるさい」は「にぎやか」。養護教諭の田端千紘さんの発案で昨年十一月に展示を始めた。

 「四月以降、子どもたちの善い行いの情報を教員同士で積極的に共有しています」と徳茂実好教務主任(48)。一生懸命掃除をする子や担任の目の届かないところで友達を助ける子がいれば、全教員が見られる形で記録し、通知表の所見欄に書いたり、「こんなことしていたね」と別の教員から褒めたりしている。

 こうした取り組みの狙いは、非認知能力の一つ「自己効力感」を高めること。「二〇一七年度の県の学力調査を参考にした」と徳茂教務主任は話す。

 埼玉県は一六年度、学力の伸びを毎年測る県独自の学力調査に非認知能力の調査項目を加えた。「大人になっても大切な非認知能力が学校で、どう身に付いているかを調べるため」と県教育局義務教育指導課の宮穂高主査は説明する。

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 調査には、さいたま市を除く県内公立学校の小学四年生〜中学三年生全員が参加。自己効力感のほか、自分の意思で感情や欲望をコントロールする「自制心」や、やるべきことをきちんとやる「勤勉性」などの非認知能力を一、二項目調べる。項目ごとに十前後の質問がある。「ほとんど当てはまる」から「ほとんど当てはまらない」までなど五つの選択肢から、子どもが自分の状況に近いものを選ぶ。各選択肢に点数があり、それを足し合わせて数値化。数値は状態を示す。心理学の裏付けを基に妥当性は確認されているという。

 学年ごとに調査する能力は違い、年によって項目の入れ替えもある。「学力との関係が強いとされる非認知能力を中心に調べているが、試行錯誤の段階。時間の限りもあり、すべて調査することは難しい」と宮主査。質問には非認知能力のほか学習への姿勢や生活習慣などがあり計八十〜百問。子どもの負担を考えると、あれもこれも聞けない。

 四月に調査し、結果は七月に各校に戻される。あくまで指導用で、子どもには知らされない。一七年度、青柳小では六年生で調べた自己効力感の数値が平均より高くはなかった。他の学年も同じ傾向だろうと推測し、一八年度、人権教育の柱に自己効力感を据えた。子どもが自分を肯定的に捉えれば、相手も肯定的に受け止められると考えた。「学力を伸ばすことも狙い」と戸井田豊校長。自己効力感の高さと学力の伸びの関連を示す研究結果もある。

 同小は昨年五月、県の調査とは別の心理テストを全児童に受けさせた。学級への満足感や学習意欲などを見る調査で、その数値も参考に、手厚く支援する子の情報を教員間で共有する。「もともと教員が直観的に対応してきたことですが、データも生かしている」と徳茂教務主任。今年三月までにもう一度、テストを受けさせ、子どもたちがどう変わったのかを確認する。

 県は、非認知能力の調査結果を、どう生かすかを各学校に任せている。青柳小のように伸ばしたい能力を見つけて学校全体で指導法を工夫するほか、一人一人の子の結果を見て、例えば「やり抜く力が弱い」と数値で示された子には、集中力が続くような声掛けをする学校もある。「調査結果も参考にして指導した結果、子どもたちが変わってきた、という声も学校から聞いている」と県教育局義務教育指導課の中嶋浩之主幹は話す。同様の調査は広島県福山市など三市町が導入、一九年度から福島県が全域で実施予定だ。

 =おわり

 (佐橋大)

中室牧子准教授

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◆識者に聞く 慶応大 中室牧子准教授

 非認知能力の把握は、教育の評価を一面的にしないための取り組みです。限られたお金や時間を有効活用し、子どもたちの多面的な能力を伸ばすのであれば、教員や保護者の経験、直感だけでなく、科学的根拠に基づき議論することが重要です。

 近年の教育経済学の発展によって、偏差値や学力テスト以外に、社会的な成功をもたらす非認知能力の存在が広く認知された意味は大きいです。教育経済学は、非認知能力が、子どものその後の学歴や賃金などに、どう関連しているのかを明らかにしようとしてきましたが、日本では、同一生徒の長期追跡調査を行う研究の歴史が浅く、非認知能力が長期的に与える影響については分かっていないことも多い。この段階で、数値化された非認知能力の結果に過剰に信頼を置くのは危険です。埼玉県が行っているような調査の結果は、あくまで児童、生徒の現状を把握することに用いるべきで、評価や成績を付けるのに用いるのは好ましくありません。

 教員の多くは経験的に、非認知能力の大切さをよく理解しているのではないでしょうか。一方、保護者はいまだ学力偏重の考えを持つ人も多く、学校での集団行動や規律正しい生活、人権に対する教育などよりも、偏差値や学力テストの点数を上げてほしいと期待しがちです。学校は保護者の要望に敏感だから、保護者の意向が学校のあり方に大きな影響を与えます。保護者が学力に対し偏った見方を持たないためにも、非認知能力を計測し、子どもたちの将来への影響を明らかにすることは極めて有用だと思います。

 <なかむろ・まきこ> 2013年から慶応大総合政策学部准教授(教育経済学)。15年の著書「『学力』の経済学」で、根拠に基づく教育政策と非認知能力の重要性を指摘した。埼玉県学力調査の分析も担当。近著は「まんがでわかる『学力』の経済学」。奈良県出身。

 

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