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教育

<なぜ今?非認知能力> (上)高まる注目

「非認知能力」関連書籍のコーナーで本を紹介する林朋広さん=東京都中央区の八重洲ブックセンター本店で

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 「非認知能力」。こんな、あいまいな言葉が今、教育の研究や現場でもてはやされている。長らく日本の学校教育では学力が重視されてきた。ところが社会に出て要求されるのは学力に限らない、さまざまな資質や能力。過去にも「心の知能(EI)」という概念として注目された時代もあったが、なぜ今、非認知能力なのか、今度こそ定着するのだろうか。

 東京駅前にある八重洲ブックセンター本店。昨年末、教育書を扱う七階へ上がると正面に、「非認知能力を育てる」と書かれた掲示が目に飛び込んできた。「私は詰め込み式の教育を受けて育った世代です」と同店員の林朋広さん(38)。「主体的に問題を解決する人を育てる教育の方向性は歓迎」と、非認知能力の関連書籍のコーナーを設けた。「二、三冊まとめて購入する教員や幼稚園、保育所の先生もいます」

 中でも、二〇一六年発刊の米国の心理学者アンジェラ・ダックワースさん著「やり抜く力 GRIT」(ダイヤモンド社)は、日本で販売部数三十一万部を記録。「長期的にみると、才能よりも、情熱と粘り強さからなる『やり抜く力』が成功へのかぎ」という研究結果が、若手の育成に悩むビジネスマンや受験生ら、幅広い世代に響いた。翻訳本を企画した同社書籍編集局の三浦岳副編集長(42)は「とらえどころのない概念を、分かりやすく数字で目安を示し、伸ばしていける能力だと説いた点が、従来の自己啓発本とは違いました」と話す。

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 非認知能力という概念は〇一年、米国の経済学者ジェームズ・J・ヘックマンさんが初めて提唱した。知識を得て活用する「認知能力」に対して、テストで点数化、数値化することが困難な力だ。平たく言うと、コミュニケーション力や共感力、忍耐力、自尊感情、意欲などが、よく挙げられる。一五年には経済協力開発機構(OECD)が、「社会情動的スキル」という言葉で報告書をまとめた。

 その中で、このスキルが過小評価されがちだったことと、スキルが高まると認知能力も高まる可能性を指摘、一躍注目を集めた。

 米国ではヘックマンさんが社会実験も行い、一九六〇年代、ミシガン州のペリー幼稚園でさまざまな教育を受けた園児百二十三人を成人まで追跡し、園に通わなかった子どもと比較。四十歳の時点で、前者の方が学歴や収入などで社会的に成功していると示した。対象が経済的な貧困層だったため普遍化には議論があるが、研究のよりどころだ。

 日本でも、二〇年度から順次実施される新学習指導要領で目指す資質・能力の三本柱の一つ、「学びに向かう力、人間性等」が非認知能力を指す。一八年度実施の幼稚園教育要領にも、要素が盛り込まれている。

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 ただ、一般にはなじみがまだ薄い。昨年十一月に出版された、中山芳一岡山大准教授(42)の著書「学力テストで測れない非認知能力が子どもを伸ばす」を担当した東京書籍書籍編集部の金井亜由美さん(43)も、企画段階では周囲に「スプーン曲げの超能力?」と随分あやしまれたという。

 中学生の子の親でもある金井さんには「もっと個々の子が持つ良さに目を向けた教育ができないか」という問題意識があった。周囲を見渡すと、成績は振るわなくても仲間を引っ張ることにたけた子がいる。一方、難関大を出ていても、気配りできない大人もいる。

 中山准教授に聞くと答えは明快だった。「それが非認知能力の差。昔からその大切さは言われてきた。むしろ、これからの時代を考えたときに必要な力だと、共通言語として再認識されただけ」と説明する。

 今、未来を語る国や経済界の言葉は「人生百年時代」や、人工知能(AI)がもたらす産業構造の変化「第四次産業革命」と新たな社会像「ソサエティ5・0」が跋扈(ばっこ)する。そこへ向けて人を育てるのに、学力に加える指標として、浮上した。

 「就業構造の変化を考えると、管理や指示役がAIだとしたら、よりよくしたいと願う意欲や創造性、アイデアを引き出すこと、人とつながり、協調することが人の強みになる。AIと共存するためにも非認知能力は必要です」

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 (福沢英里)

遠藤利彦教授

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◆識者に聞く 東大大学院教育学研究科・遠藤利彦教授

 非認知能力という言葉は非常にあいまい。私は「自己と社会性の力」と言い換えています。

 「自己」に関わる心の力とは自尊心、自制心など、「自」という言葉が入ります。「自分を大切にし、高めようとする力」が一つの柱です。一方、社会性とは集団に溶け込み、人とうまくやる力。この二つが非認知能力の意味する具体的な中身だと考えています。

 教育学や心理学の分野では以前から重要視され、研究も続けられてきました。ただ、国の政策に結び付くことはなかった。今回、教育経済学や経済学から端を発したことで、「国の教育制度で子どもたちにしっかり備えさせることが大切だ」と、世界の国々を動かしたことは大きい。

 理由の一つはOECDの出したリポートです。幼少期からの教育で非認知能力を身に付けた方が、「将来の経済的な安定も含め心身の健康につながる可能性が非常に高い」としています。

 それらは子どもが置かれた環境や大人の働きかけ、教育によってある程度、変わる可能性があります。自尊心が高まれば新しいことに挑戦できるようになる。幼児期に力が備われば、集団に適応しやすく学校がより楽しい場になる。そうなれば学力も上がる。当たり前のことが再確認されているのです。AIが飛躍的に進化している中、「人間的なもの」に回帰している。

 教育の目標は社会化と個性化。これまでは社会にどう合わせるかが重視されてきたが、個性を豊かにすることとのバランスこそ重要です。非認知能力が注目されるのは、個々の主体性や自発性に社会の目が向いてきた証拠かもしれません。

 <えんどう・としひこ> 2013年から東京大大学院教育学研究科教授(発達心理学、感情心理学)。日本の非認知能力研究の第一人者。著書に「『情の理』論−情動の合理性をめぐる心理学的考究」(東京大学出版会)など。日本学術会議第24期会員(第一部)。山形県出身。

 

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