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教育

<ともに歩む 中日教育賞50回> (上)変わらない思い

図形を使って、分数の足し算を説明=愛知県豊橋市の牟呂小で

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 「ジュースが『あ』の入れ物に二分の一リットル、『い』には三分の一リットル。合わせると何リットルでしょうか」−。愛知県豊橋市の牟呂小学校五年三組。分母が違う分数の足し算を学ぶ授業で、担任の鈴木聡先生(29)が取り出したのは本物のオレンジジュース。児童が前に出て、目盛りの付いた容器にジュースを注いだ。二分の一、三分の一は、どれぐらいの量なのかがひと目で分かる。

 「まず見通しを立てましょう」と鈴木先生が声をかけると、「分母の二と三を通分する」「円グラフを使う」など、子どもたちがいくつも提案。考えがまとまった子から、先生お手製の円グラフや、数量を目盛りで表す線分図などを使い、黒板の前で順に解説した。

 目で見て、理解を助ける授業。基礎を築いた久野哲司校長(54)は昨年、「独創的な算数・数学の授業づくり」で中日教育賞を受賞した。二〇〇七年度から三年間、豊橋市内の別の小学校で、特別な支援を必要とする子への算数指導について研究主任を務めたのが転機になった。教室の中を歩き回ったり、いらいらしたりして授業に集中できない子どもが気になり愛知教育大の協力を得て調査。学習や行動面で支援が必要な子が全校児童の17%いた。集団生活では「困った子」ととらえられ、叱られては自信を失っていた。

 「彼らが分かった、できたと思える瞬間を増やしたい」と、マス目の付いたプリントや立方体を表す木製ブロックなどを活用。どんな理解の仕方をするのか、子どもを観察した。支援が必要な子がつまずきそうな問題と、多くの子がつまずきそうな問題を単元ごとに洗い出し、共通部分を重点的に指導した結果、クラス全体の理解度も高まった。

 牟呂小では今、「問題」「めあて」「まとめ」などの文字が書かれた「指示カード」を黒板に張り付け、左から右へ、授業の流れが目で見て分かるような板書の仕方を全校で統一。三年三組ではこの日、黒板に時計のイラスト、手元に時計の模型を置き、子どもたちが時刻の求め方について考え方が複数あると学んだ。

 教室の後ろで見守っていた久野校長は言う。「落ち着きがなかった子も『やればできる』と自信が付き、友達に認められる場面が多くなると、周りとかかわれるようになるんです」。それが社会に出て「生きる力」につながると信じている。

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 一二年に文部科学省が行った調査によれば、全国の通常学級に在籍する小中学生の6・5%に発達障害の疑いがあり、一七年に通級指導を受けている小中学生は十万人を超えた。久野校長が取り組みを始めた当時の二倍以上だ。

 「分かる、できる」と実感できる授業は時代の要請と映るが、一九六九年以来続く中日教育賞の受賞者を見ると、そうした実践は日々、積み重ねられてきた。

 算数で、ノートの書き方に工夫を凝らしたのが、八一年(第十三回)の松本フミさん(故人、当時富山市五番町小学校教諭)。計算の答えだけでなく、なぜその答えに至ったのか、思考の過程を文章で書かせた。「考えノート」と名付け、子どもたちがどこでつまずくのかがひと目で分かる。一人一人に合った指導につなげたことが評価された。

 国語では二〇〇〇年(第三十二回)に受賞した、当時福井市円山小学校教諭の川内二三子さん(76)。書くのが苦手な子どもも、作文や詩の創作に進んで取り組めるよう、新聞の四こま漫画をヒントにした「構想メモ」を取り入れた。まず起承転結をイラストで表現し、書く内容を整理する。川内さんは現役時代を振り返り「授業の主役は子どもたち。嫌々ではなく、楽しく受けられることが大切です」と語る。

     ◇

 「わかった!」。子どもたちの元気な声がこだまする学びの場にはいつも先生がいます。今年五十回を迎える中日教育賞と教育現場の半世紀を振り返り、教育者らがどんな思いで子どもに向き合ってきたのか、三回にわたって伝えます。

 (福沢英里)

 <中日教育賞> 中部9県の教育現場で実績を上げている教育者を顕彰する目的で、小、中、高校、幼児教育、特別支援教育、社会教育にかかわる個人を選考。1969年に始まった。

 

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