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高校生・大学生

<スタッフが聞く> 落語家・笑福亭たまさん

「源平盛衰記」を演じる笑福亭たまさん=大阪市中央区のNHK大阪ホールで

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 身一つで何役にもなりきり、見ている者を引き込む落語。「実は興味がある!」と名乗りを上げた高校生スタッフが、上方落語の笑福亭たまさんに話を聞いた。観客を笑わせたり、泣かせたり。心の機微に触れる話術はどこから生まれるのだろうか。

 ウサギ柄の着物に黒い羽織姿で現れたたまさん。「名前と、最近腹が立ったこと、教えて」とスタッフに自己紹介を促した。学校で同窓会の役員になったスタッフが「役員をやりたくないって言った子が急にやりたいと言ってきた。もう一人の役員の子が目当てなんでしょうね」と話すと、すかさず「それは譲ったり」。軽快な大阪弁の突っ込みに笑いが起きた。

 「一生やれる仕事に就かないとあかん」。大学三年の時、手探りで始めた就職活動。アナウンサーやバイヤーなど思い付いた職業の面接を受けたが、ピンとくるものがなかった。

 ふと頭に浮かんだのが、昔、見た記憶がある落語。「一人なら自己責任でできる」。大学の落語研究会に入り、三代目桂春団治さんのカセットテープを聞いた。演目は、人をほめてただ酒を飲もうとたくらむ男の話「子ほめ」。「ふるくっさいもんやと思っていた。全然違う。もんのすごい面白いもんがあった」

 落語会に足を運び、出合ったのが、笑福亭福笑さんの「時うどん」。ほかのお客さんと一緒におなかがよじれるほど笑い、テレビとは違う、「生」で見る落語の魅力に心動かされた。「一生あきひんやろな」。一年間落語会に通った末、弟子入りした。

 二年ほどの修業期間を経て、独り立ち。大阪や名古屋、東京などで一カ月に二十回ほど公演に出演。古典、新作を問わず演じる。

落語家の笑福亭たまさん(中)を取材する高校生スタッフ=大阪市北区で

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 高校時代は「『one of them』みたいな普通の人」。京都大に進んだ兄に負けじと、三年に上がる春休みから一日十時間勉強した話に及ぶと、スタッフから驚きの声が漏れた。学校の勉強は社会に出てからどう役に立つのだろうか。多くの高校生が一度は感じる疑問をスタッフがぶつけた。「論理的に考える訓練になる。解決すべき問題を立て、最短距離で達成する方法を考えられるようになる。勉強ってほかのことより差別ないで。社会に出れば理不尽なこと、たくさんある」

 そんな世知辛い世の中でも、笑いは全てを昇華する。「腹が立つことも、お客さんを笑わすネタになる。マイナスをプラスに変えられる。これまでの人生、全てが生きる職業」。日々の暮らしの中でも、話し相手の反応から「相手が何を求めているか」に気を配る。その細かな気遣いが高座での話術に磨きをかける。

 肩書でも給料でもない「自分の心のものさし」で決めた落語家という仕事。「笑っている時は、その場にいるみんなと共感している感じがする」。テレビやインターネットにはない一体感が生まれるのは生身の人と人が向かい合うからこそ。「現実がつらいから、落語を聞いている時くらいはハッピーにね」

 (構成・大沢悠)

 <しょうふくてい・たま> 1975年、大阪府貝塚市出身。本名は辻俊介。京都大経済学部を卒業後、98年、笑福亭福笑さんに入門。2004年、文化庁芸術祭新人賞、15年、国立演芸場花形演芸会金賞を受賞。東京や大阪、名古屋などで独演会を開いている。実家がビリヤード場を経営していることが芸名の由来。

◆スタッフ感想

 黒川 健世(高1・愛知県みよし市) 生の落語を楽しんでもらえなければ意味がないとの言葉に、目の前のお客さんを笑わせることを大切にしている信念を感じた。

 黒田 桃花(高3・名古屋市千種区) 「日常生活の全てが生きる」。腹が立つことや嫌なことも人生の糧になり、それがない人生より、話が面白い人になると思った。

 小野田 菜緒(高3・愛知県豊川市) 落語家を目指したきっかけを「一生あきひんものに出合った」と言っていた。私も夢中になれる何かを見つけたいと思った。

 山口 真生(高3・愛知県東海市) 「面白い」と思わせることで、集中して聞いてくれる信頼関係をつくれると話していた。授業などで発表する際にも通じると思った。

 

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