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滋賀・呼吸器事件 再審確定

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪の解き方(3) 秦融(編集委員)

足利事件で、菅家さんを犯人との前提で行った鑑定に「鑑定の名に値するのか」と疑問を投げかけた佐藤博史弁護士

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 権威ある組織の鑑定だからといって、人間がやることにミスはつきもの。足利事件は、科学捜査の権威でもある警察庁の科学警察研究所といえども、人為的なミスが冤罪(えんざい)を生み出したことを明るみに出した。

 鑑定について、足利事件が教えてくれた、もう一つのことがある。それは、被疑者が犯人であることを前提に鑑定書がつくられることがある、ということだ。

 足利事件で、犯人は四歳女児にいたずらをした末に殺害しており「小児性愛者」とみられた。弁護側は逮捕された菅家利和さんがそうなのか、宇都宮地裁に精神鑑定を請求。地裁が命じた鑑定で、精神医学の権威とされた大学教授(当時)は菅家さんを「代償性小児性愛者」と結論づけた。

 つまり、根っからの小児性愛者ではないが、大人の女性とうまくお付き合いできない代償、つまり代わりとして小児に性的な関心を寄せていた人物、ということにされてしまったのだ。

◆前提に「無罪」入れず

 警察は逮捕まで約一年、幼稚園のバスの運転手をしていた菅家さんを尾行しながら、不自然な行動を一切確認できなかった。弁護人の佐藤博史弁護士(70)が控訴審で「鑑定は間違いではないか」と問いただすと、大学教授はこう答えた。

 「被告人が犯人であることを前提とした鑑定で、犯人かどうかを鑑定したものではない」

 本末転倒とは、このことだろう。検察が描いたシナリオに合う鑑定結果を出せば、有罪を補強することにしかならない。鑑定した教授は「幼稚園児をかわいがっていたから、小児性愛者としての傾向は認められる」と、世の男性保育士があぜんとするようなことを法廷で言ってのけた。なのに、鑑定結果は証拠採用され、有罪判決に精神医学の権威がお墨付きを与える形になってしまったのだ。

 呼吸器事件でも似たようなことがあった。

 警察の描いた犯行では、人工呼吸器の管をおよそ三分間外した後、死亡するのを確認してつなぎ直したことになっていた。これに対し、弁護側は「呼吸を三分程度止めても人は死亡しないのではないか」と反論。だが、警察は当初からそこを突かれると予想していたのか「二、三分で100%死亡する」という“お墨付き”ともなる供述を鑑定医から得ていた。

 その供述調書を読むと、鑑定医は「犯人が人工呼吸器の管を外していた時間は、二〜三分間になるということを、刑事さんからお聞きしました」と述べた上で、首つり自殺した人が自ら撮影したビデオ映像を見た体験を説明しながら、今回のケースが「脳への血流、酸素の供給が断たれたという点では(首つりと)同じ」と説明。首つり映像での死亡時間を参考に「二、三分」と割り出していた。

 首をつれば頸(けい)動脈が圧迫され、脳への血流が止まるのは、その通りだろう。だが、呼吸器を外して窒息しても、脳への血流がすぐに止まるわけではない。

◆死因供述に疑問示す

 大阪高裁(後藤真理子裁判長=現東京高裁部総括判事)の決定文は「脳への血流が断たれた場合と同じではない」とくぎを刺し、「呼吸が先に止まっても、心臓が動いていれば、五分から七、八分の間、血中に残った酸素によって、酸素が脳に供給される」という弁護団が提出した医師の証言を引用。警察のシナリオにつじつま合わせをしたかのような鑑定医の供述の信用性に、疑問を示した。

 ロングセラーとなった「死体は語る」の著者で元東京都監察医務院長の上野正彦さん(90)は、鑑定の鉄則をこう説く。

 「警察の言いなりでは、本当の鑑定ではない。なぜこうなったのかの原因を明らかにするのが鑑定の仕事。原因はあくまで死体から引き出すもの。警察捜査も汗を流して懸命に調べているのだから、その情報を軽んじはしないが、死因がその通りかどうかは別の話です」

 警察の筋書きに合わせた理屈づけなら、それは取って付けたものでしかない。そうだと知りながらお墨付きを与え、後に冤罪と判明してその見識を問われることになったのが、足利事件の精神鑑定をした教授であり、証拠として認めた裁判官たちだった。

 鑑定は時に誤った警察情報に流され、無実の人を冤罪のシナリオに意図的に誘導しさえする。呼吸器事件で再審開始を決定した大阪高裁による鑑定の誤りへの着眼と精査は、その教訓を踏まえた結果と言えるだろう。

 一昨年十二月に大阪高裁が再審開始決定後、検察が特別抗告し、最高裁で審理が続く滋賀の呼吸器事件。足利事件と同じように、供述弱者だった二十四歳(当時)の看護助手が「自白」を誘導されていった事件の構図を、高裁はどう切り崩したのか、検証する。

 

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