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滋賀・呼吸器事件

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 冤罪の解き方(2) 秦融(編集委員)

鑑定書は、不整脈の可能性に言及しながら、検証した形跡はなかった

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 呼吸器事件で、二十四人の裁判官が見逃した司法解剖鑑定書の誤り。二十五人目の裁判官となった大阪高裁の後藤裁判長が気づいたのは、足利事件で冤罪を見抜けなかった手痛い経験があってのことだった。自然死の可能性がまったく検証されないまま「描かれた」事件。その構図をどう崩したのか、再審開始決定文から検証する。

 無実の人を十七年半も投獄した足利事件は「冤罪(えんざい)ができるまで」とも言うべきさまざまなことを教えている。その一つが鑑定を妄信する危険性だろう。二十四人の裁判官が司法解剖鑑定書の誤りを見逃した呼吸器事件は、いまだに多くの裁判官が検察側の鑑定を精査しない危うさを浮き彫りにした。

 「致死性の不整脈によって死亡した可能性について問題意識を持っている」

 第二次再審請求審は二〇一七年三月十四日、三者(裁判官、検察官、弁護人)協議の場での、後藤真理子裁判長(現東京高裁部総括判事)の、この一言から動きだした。

◆誤った前提で結論

 後藤裁判長が二つのことに気づいたことがうかがえる。一つは、滋賀医科大法医学教室の教授(当時)でもある鑑定医が、人工呼吸器の管が「外れていた」という誤った前提で、窒息死と結論づけた可能性。もう一つは、鑑定医が遺体の血中カリウムの低い数値を「不整脈を生じ得る」と記入しながら、まったく検証した形跡がないことだ。

 同年十二月二十日の再審開始決定では、窒息死が「証明されていないことが明らか」と断定した。

 検察は、窒息死の根拠は「管の外れ」ではなく解剖から分かったことだ、と主張したが、高裁は、一審(〇四年)の法廷での鑑定医の証言を突きつけた。法廷で鑑定医はこう語った。

 弁護人 解剖時に「人工呼吸器(の管)が外れていた」と聞いてましたね。

 鑑定医 新聞に載っていましたから。警察官からも説明は多分あった。

 弁護人 他の原因は全く考えられない?

 鑑定医 外れていたのを(看護師が)発見したということでしたら、(窒息死の原因は)その可能性が非常に大きいというふうに私の方は判断しました。

 今ごろ否定したところで、鑑定医が一審の法廷で「管の外れ」を理由に窒息と判定したと証言していますよ、というわけだ。

 いまさら窒息死を「解剖のみから判断した」という検察の主張には無理がある。そればかりか、検察は窒息死を解剖のみから判断できない、というちぐはぐな主張もしている。高裁は、検察側が提出した「特に窒息死の場合はなおさら(解剖だけで判断できない)です」という別の滋賀医大教授の意見書に言及し、“言い逃れ”を封じた。

 「権威」といえども時にはお粗末なことをしでかす。それを教えたのもまた、足利事件だった。一九九一年に菅家利和さんを逮捕する前、警察庁の科学警察研究所(科警研)は犯人と菅家さんのDNA型が一致すると鑑定したが、二〇〇九年、専門家の再鑑定で「一致しない」ことが判明した。

◆不鮮明な画像採用

 足利事件の再審法廷では、DNA試料の映像で、驚くべき事実が判明した。不鮮明な画像は、科警研の所長さえも「普通であればやり直す」と証言した“いいかげんさ”だった。およそ「専門的な知識と技術および経験を持った者によって、適切な方法により行われた」(一審判決)と言うにはほど遠く、試料採取の未熟さがDNA型の判定を誤らせた初歩的なミスだった。

 無実の人を十七年半も投獄した足利事件は、ヒューマンエラーはどんな状況でも起こり得ることを示した、といえる。裁判官にとって、その道の「権威」に誤りはない、という思い込みほど危険なことはないだろう。

 足利事件では最高裁の調査官として冤罪を見逃した後藤裁判長は、その一方で、いち早くDNA鑑定の危険性に気づき、再審決定の四年前に「人の目に頼るため微妙な判定の領域が残る」と論文で指摘した。呼吸器事件での鑑定医の誤認はヒューマンエラー。自然死の可能性に着眼できたのは、「権威」も誤ることを知ってのことだろう。

 <足利事件> 1990年に栃木県足利市で当時4歳の女児が殺害され、幼稚園のバス運転手だった無実の菅家利和さんが逮捕、無期懲役の有罪判決を受けた冤罪事件。2009年にDNAの再鑑定で犯人とは別人と判明するまで投獄は17年半に及んだ。

 

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