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滋賀・呼吸器事件

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 25人目の裁判官(4) 秦融(編集委員)

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 昨年十二月に大阪高裁が再審開始決定後、検察が特別抗告し、最高裁で審理が続く滋賀の呼吸器事件。二十四人の裁判官が見逃し続けた司法解剖鑑定書の誤りに、二十五人目の裁判官はなぜ気づき、どう再審への扉を開いたのか、検証する。

   ◇

 呼吸器事件には、足利事件との共通点がいくつかある。当初の鑑定の誤り、家族に無実を訴える手紙、そして「逮捕前の自白」だ。

 「菅家さんの場合は、ただ自白しただけでなく、裁判になっても認めていた。無実の人でも認めてしまう現実を後藤さんは足利事件から学んだはず。その経験が、今回の再審決定に生きたのでしょう」

 菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)は、呼吸器事件の再審開始を決定した大阪高裁の後藤真理子裁判長(現東京高裁部総括判事)に、自白に対する見方の大転換があったとみる。

 足利事件では、警察が犯人のDNA型が「一致した」という科学警察研究所の報告を受けて菅家さんを任意同行し、その日のうちに自白させた。取り調べは十三時間に及び、犯人の遺留物のDNAと鑑定結果が一致したと告げて自白に追い込んだことが、控訴審の段階でも分かっていた。

◆過信が生んだ強引さ

 佐藤さんは二審の東京高裁で「最初から菅家さんを犯人だと信じ込んだ警察官が強引に自白させている。これ以上の誘導はない」と自白に信用性がないことを訴えたが、DNA鑑定結果に誤りがないことを前提に、主張は退けられた。上告審の最高裁で、当時は判事を補佐する立場にいた後藤調査官にも訴えたが、「後藤さんも聞く耳をもたなかった」という。

 足利事件で、有罪の判断の根拠は第一に自白。DNA鑑定は傍証の扱いだった。それほど、逮捕前の自白には決定力があった。菅家さんはどのように自白したのか。

 「外から男の怒鳴り声が聞こえてきました。『菅家はいるか!』『警察だ!』/三人の屈強な男たちが/ドドドッと中へ/彼らに居間まで押し戻され/座卓の前に座らされ/『お前、子どもを殺しただろう』/刑事にひじ鉄砲でドンと右胸を突かれ、後ろにひっくり返って床に頭をぶつけ/(幼女の写真を)突きだし『謝れ』/『やっただろう』」(菅家さん著「冤罪(えんざい)」から抜粋)

 脅迫的な取り調べは警察署へ連行された後も続いた。

 「『土地勘があるからお前なんだ』『いや、絶対にお前がやってるんだ!』/『お前が犯人だ』/ウソ発見器にもかけられました/『ほらな。クロだって出てるよ』/髪を鷲(わし)づかみにしてひねり上げ、無理やり頭を起こされ/今度は机の下でスネをゴンと蹴とばし」(同)

 菅家さんの無実の訴えを「罪を犯した者の言い訳」としか聞こうとしなかった一審、二審、最高裁の裁判官たちに、DNA再鑑定で無実が明らかになると、捜査の実態はリアルな物語として突きつけられることになった。

◆県警「都合」の可能性

 足利事件と呼吸器事件には、さらに驚くべき共通点がある。菅家さんは栃木県足利市内で一九七九、八四年に起きた別の幼女殺人も自白させられた。西山美香さん(38)は三人の殺人未遂事件を自白させられている。未解決事件を一気に解決したいという栃木県警、計画的犯行に仕立てたい滋賀県警の、いずれも「都合」ででっち上げられた可能性が高い。菅家さんの別件は「嫌疑不十分」で不起訴になった。西山さんは立件すらされず、裁判所は別件でのでたらめな自白には目をつぶり、本件の自白だけ「信用性が高い」と認めるちぐはぐな判断を繰り返した。

 菅家さんは別件の自白について「もう、長く辛抱できませんでした。自白してしまえば刑事が優しくなるという経験を、目の当たりにしていたことも手伝ったと思います。その場から逃れたい一心で/自白しました。案の定、自分が『二つともやりました』と言った途端に、H刑事は『よし、分かったあ』と態度を変えて怒るのをやめてくれました」(同)と告白。「自分はひどく気が小さい性格だったので、強い者に命令されると、何も反論できませんでした」と供述弱者としての側面を認めている。

 「菅家さんは警察が知っている事実に同調させられただけで、自白はすべてうそだった。後藤さんは足利事件でそういうことがあることを知り、今回の決定文では自白の細部を詳細に検証している」(佐藤さん)

 鑑定の誤り、逮捕前の自白、供述弱者。手痛い経験を持つ後藤裁判長との遭遇は、西山さんにとって奇跡に近い幸運だった。逆に言えば「自白イコール有罪」の呪縛を解けないその他大勢の裁判官が続けば、再審への扉は永遠に開かれなかったのかもしれない。

 =おわり

 

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