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滋賀・呼吸器事件

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 25人目の裁判官(2) 秦融(編集委員)

 「決定は足利事件の経験が生かされてのこと。直接お会いして感じた後藤さんの人柄からも、それが分かる。今回は良い判断をされたと思う」

 足利事件で無実の罪を着せられた菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)は昨年十二月二十日、大阪高裁(後藤真理子裁判長=現東京高裁部総括判事)が西山美香さん(38)に再審開始の道を開いたと聞き、そう直感した。

 足利事件とは、一九九〇年、栃木県足利市で当時四歳の女児が殺された事件。DNA鑑定をもとに約一年半後、幼稚園のバス運転手だった菅家さんが逮捕、無期懲役の有罪判決を受け、二〇〇九年にDNAの再鑑定で無実と分かるまで十七年半も自由を奪われた冤罪(えんざい)事件だ。

 二審の東京高裁で敗訴した後、佐藤さんは最高裁に上告。当時の最高裁調査官だった後藤真理子裁判官と何度も面談し、DNAの再鑑定を求めた。調査官とは、最高裁判事を補佐する立場で、判事に助言する重要な役を担う。

 逮捕以来すでに六年近くの歳月が流れていたが、弁護団は最新技術の鑑定で犯人のDNA型と一致しない事実をつかんでいた。

◆DNA再鑑定を拒む

 「再鑑定をすれば犯人とは別人だとわかるはず」

 佐藤さんは鑑定結果を最高裁に提出。しかし、弁護人との面談には丁寧に応じてくれるものの、後藤調査官は「最高裁は事実審をするところではありませんので…」と、最高裁は判例や法律違反を審理する場であり、一、二審が認定した事実を再検討はしない、という型通りの対応に終始した。

 だが、そもそも「事実」が間違っていたら、判例違反や法律違反を審理する意味はない。佐藤さんは「事実を調べるのは鑑定人。最高裁は再鑑定を命じさえすれば済む」と主張し「最高裁が事実認定をした過去がある」とも指摘。占領下の国鉄三大事件の一つ松川事件(四九年)で、被告のアリバイを示す新たなメモが上告審で出され、最高裁が死刑判決を破棄し、無罪判決を導いた例を持ち出して食い下がったが、だめだった。

 佐藤さんは、当時の米国でDNA鑑定によって百件以上の冤罪が明らかになる一方で、その中にはDNA鑑定そのものが不正確で冤罪を生んだ事例があることを伝え、その実態が書かれた洋書のコピーを後藤調査官に提供。さらにDNA鑑定に詳しい弁護士の一人として執筆した共著本を渡し「再鑑定は絶対に必要」と訴えた。後藤調査官は「最高裁の資料として収蔵させてもらいます」と丁寧に受け取ったが、棄却の流れは変わらず、それから間もない〇〇年七月、最高裁は上告を棄却。菅家さんはさらに九年にわたって獄につながれることになり、棄却は歴史に残る最高裁の汚点となった。

 「裁判長や判事の意向もでしょうが、後藤さんも無罪の可能性を考えているようには感じなかった」(佐藤さん)

 棄却の三年後、後藤調査官は最高裁がDNA鑑定を認定したことを「科学的妥当性に疑問を挟む余地はない」と断定する最高裁判例解説を発表。弁護団の異論には「真犯人発見の要請を放棄する極端な議論」と手厳しく批判した。

 その批判は棄却から九年後の〇九年、再審請求審で東京高裁が命じたDNA再鑑定で菅家さんの冤罪が晴れ、ブーメランとなって自らに戻ってきた。その時点ですでに足利事件の時効が成立し、棄却の判断が「真犯人の発見を放棄」する結果にもなったのだ。

 最高裁は、なぜ再鑑定を認めなかったのか。「事実審ではない」との形式的な理由の一方で、鑑定に誤りはない、との確信と、菅家さんの逮捕前の自白が真実だとの思い込みがあったのではないか。

◆法廷でもうその自白

 「菅家さんは捜査中だけではなく、法廷でも自白したが、無実だったと分かり『足利事件の衝撃』とまで言われた。無実の人がうその自白をすることがあるという現実に、後藤さんも直面し、衝撃を受けたはずだ」(佐藤さん)

 致命的な「棄却」から時を経て迎えた呼吸器事件。それは後藤裁判長にとって、足利事件と同じ「鑑定の誤り」「うその自白」という“冤罪へのわな”を抱えた事件との再会でもあった。

       ◇

 昨年十二月に大阪高裁が再審開始決定後、検察が特別抗告し、最高裁で審理が続く滋賀の呼吸器事件。二十四人の裁判官が見逃し続けた司法解剖鑑定書の誤りに、二十五人目の裁判官はなぜ気づき、どう再審への扉を開いたのか、検証する。

 

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