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滋賀・呼吸器事件

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 25人目の裁判官(1) 秦融(編集委員)

 真実は一つであり、裁判官によって判決が左右されるようなことがあってはならない。誰もがそう思うだろう。だが、悲しいかな、裁判官によって天と地の差が生じ得るのではないか。それが冤罪(えんざい)の場合には、特に。呼吸器事件で昨年十二月二十日、大阪高裁(後藤真理子裁判長=現東京高裁部総括判事)で再審開始決定が出るまでの流れをみると、そう思わずにはいられない。

 「『私は殺ろしていません』/無実の訴え12年」。私たち取材班が、西山美香さん(38)が獄中から両親に宛てた手紙をもとに、当欄で連載を始めたのは昨年五月十四日。高裁決定の七カ月前だった。うち十一回の記事を第二次再審弁護団(団長・井戸謙一弁護士)が高裁に証拠資料として提出した。だが、報道以前に高裁は冤罪の感触をつかみ、再審決定に向けて進みだしていた、とみられる。

◆審理の遅れ、まず謝罪

 高裁の審理が動きだしたのは昨年三月十四日。突然の呼び出しを受け、井戸団長は初めての三者(裁判所、弁護人、検察官)協議に臨んだ。大津地裁(川上宏裁判長)に棄却された後、二〇一五年十月に即時抗告してから一年以上が無駄にすぎていた。

 「審理が遅れたことを申し訳なく思っている。今後は、迅速に進めたい」

 裁判所側から冒頭に謝罪があり、続いて訴訟指揮の方針が示された。

 「致死性の不整脈によって死亡した可能性について問題意識を持っているので、この点について補充的に主張・立証をする意思があるかを尋ねたい」

 確定判決は、西山さんの犯行による窒息死を認定しており、致死性不整脈は「そもそも事件ではなく、患者は自然死だった」という弁護団の主張に沿う“もう一つの”死因。期待が高まる提案だったが、同時に弁護団が求めていた関係者の供述調書など証拠開示の要求には「検察官に開示を命令、勧告することは考えていない」と一蹴。さらに、その他の主張も「争点が広がると審理が遅れる」と控えるよう促してきた。

 弁護団の見方は二通り。一つは、再審へ扉を開く可能性。もう一つは、自然死の可能性を否定し、再審への芽を摘むのではないか、という疑心暗鬼だった。だが、協議に出席した井戸団長は「裁判所が酸素供給途絶(=窒息)以外の死亡の可能性に関心を示していることは、希望を持たせる」と直後の会見で話し、こう言い添えた。

 「協議は後藤裁判長が仕切っていた。(陪席裁判官に)任せていては審理が進まないので、裁判長が前面に出てきた感じです。それなりに記録を読み込んでいることがうかがえた」

◆熱心に資料読み込む

 資料の読み込みは、井戸団長自身が再審の申し立てにあたり長時間、没頭したことでもあった。「裁判資料といっても、膨大な量。字面を追うだけではなく、あっちの資料とこっちの資料を照らし合わせ、という煩雑な作業を根気よくやらないと、真剣に読む、ということにはならない。読み込むうちに、真犯人ならこう言うはずがない、というところが出てくる。これは無実だ、と思うようになった」。だから「裁判長の読み込みのレベルは分かる」という。「裁判長も相当な時間をかけて読み込み『これは無罪。救わないといけない』と考えたのではないか」。三者協議を重ねるごとに、その印象が強くなったという。

 気になったのは、当初の協議では裁判長が一人で発言していたこと。「陪席の二人に造反されたら裁判長でも合議で負けてしまう」。元裁判官らしい井戸団長の心配は無用だった。終盤になると「陪席裁判官も裁判長と同じ主張をするようになった」。裁判官三人の合議体が一つにまとまっていく印象だったという。

 決定は、昨年八月の西山さんの出所に間に合わなかったものの、後藤裁判長が大阪高裁を離任する前日。残りの任期を目いっぱい使って書き上げた決定は、任期中に決着をつけようとの強い意思の表れにも映る。その意思はどこから来たものなのか。

 この決定の十七年前、最高裁は足利事件で無実を訴えていた菅家利和さんの求めるDNA再鑑定を拒絶し、さらに九年に及ぶ服役につながった。後藤裁判長はその致命的な判断を導いた一人だった。

      ◇

 呼吸器事件の調査報道は昨年五月以来、今回が十九回目。引き続き、この国の司法のあり方について考えていきます。今シリーズでは、二十四人の裁判官が見逃し続けた司法解剖鑑定書の誤りに、二十五人目の裁判官はなぜ気づき、どう再審への扉を開いたのかを検証します。

 

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