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滋賀・呼吸器事件 再審確定

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 24人の裁判官(5) 秦融(編集委員)

西山さんが獄中から母へ送った手紙。第1次再審請求審で裁判所に提出された

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 この連載は、当時大津支局にいた角雄記(ゆうき)記者(現社会部)が二〇一六年、西山美香さん(38)の自宅を訪ね、本人から両親に宛てた三百五十通余の手紙を読み、切々と無実を訴える内容に「借り物の言葉ではない」と冤罪(えんざい)を直感したのがきっかけだった。

 角記者と同僚の井本拓志記者(同)から送られた手紙の抜粋を読んだ私も「これは冤罪だ」と感じ、すべての手紙に目を通した。なぜ自白させられたか、A刑事の言いなりになってしまった経緯や心情、幼いころから友達ができない悩み、日々どんな思いで過ごしているか、両親への謝罪と後悔の言葉…。取り調べ状況などを克明に書いた三冊のノートもあり、食い違いはほとんどなかった。

 十二年間に及ぶ手紙の山を前に、思った。文章を読むこと、書くことが本業の記者三人がじっくり読み込んで「うそではない」と確信できるこの手紙は、記事の中で冤罪の疑いを訴える有力なデータだ、と。だが、二〇一〇年、すでに二百通に上っていた手紙は第一次再審請求審の弁護団によって裁判所に一部が提出されながら、一顧だにされていなかった。

 当時の弁護団は「自白は体験に基づかない虚偽供述」との供述心理の専門家による鑑定で疑問を示す一方で手紙を提出。「真の無実の罪で服役している激流のような心情があふれており、まさに体験者しか話せない内容になっている」と訴えた。

 それは、私たちが受けた通りの印象だった。だが第一次再審請求審の大津地裁(坪井祐子裁判長)、大阪高裁(松尾昭一裁判長)は、自白は「実際に体験した者でなければ供述できないような迫真性に富む」と確定した判決のフレーズを繰り返し、供述心理鑑定に対しては「供述の信用性判断は、本来裁判所の自由な判断に委ねられる」と心理学者の分析が立ち入ることを拒絶。手紙については言及すらなく、最高裁(竹内行夫裁判長)も追認した。

◆“紙切れ”同然の扱い

 確かに、本人が無実を訴える手紙が裁判で「証拠」になることは、まずないだろう。裁判とはそういうものだ、とわけ知り顔で言う人もいるかもしれない。だが、同調させられやすい西山さんの迎合性が裁判でも認められていたのに、供述調書の一言一句を「迫真性に富む」などと強調し、その一方で、何年にもわたって家族に無実を訴え続けてきた手紙が裁判所に、まるで意味のない“紙切れ”同然の扱いを受けるのは、おかしくないか。

 「心からの、真実の叫びに無感覚になってしまう方がおかしい。真実を追求するべき法律家が無感覚になっている時点で、法律家になっている意味がない」。そう言い切ったのは、足利事件(一九九〇年)で〇九年のDNA再鑑定により、無実が証明された菅家利和さんの弁護人だった佐藤博史弁護士(69)だった。

 実は、刑事らに追い込まれてうその自白をした菅家さんも法廷では犯行を認める一方で、家族には無実を訴える手紙を十数通、送っていた。「他人の罪なんかぜったいかぶりたくない。こんなばかな事はない」「DNA鑑定はちがっています。もう一度しらべてもらいたいものです。無実の人間が犯人にされてはたまらないです。まったくとんでもない事です」(菅家さん著「冤罪」から)。そう書いた手紙を第六回の公判で弁護人から示され、初めて菅家さんは「やっていません」と言って泣き崩れたという。

 菅家さんを犯人と思い込んでいた弁護人は情状面で不利になると考え、裁判長にわびる上申書を書くよう勧め、菅家さんは再び自白した。佐藤弁護士は法律家を志す大学生らへの講義で菅家さんの手紙を読み上げ、こう言った。

 「これが、無実の人の手紙か、有罪判決にあるように、家族に見捨てられないためのうその手紙か。法律家になる、とはどういうことか。いつの間にか人としての感性を失い、目の前の真実の訴えに心が動かなくなる。もし、君たちがそうなっていたら、既にして悪(あ)しき法律家だ」

◆居場所なくなる恐れ

 菅家さんはDNA再鑑定によって無実が証明された。西山さんは、鑑定書の初期の情報の誤りとともに、判決文に矛盾があることが、八回目の裁判で見つけ出された。“誤判”の指摘はいずれも、事実の誤りが出発点。そのミスは、科学の進歩や場合によっては人工知能の導入で減少の可能性もある。

 だが、その時「心無き」裁判官たちの居場所は、法廷のどこにあるというのだろうか。 =おわり

 

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