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滋賀・呼吸器事件 再審確定

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 24人の裁判官(4) 成田嵩憲(大津支局)

脇中洋教授による供述心理鑑定。専門家が約2年かけた68ページに上る鑑定を心理学の“素人”は「科学的根拠なし」と一蹴した

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 解剖医が「呼吸器の管が外れていた→窒息死」と鑑定、検察は正反対の「つながっていた」で犯行手口を描いた滋賀の呼吸器事件。大阪高裁の再審開始決定後、検察側は矛盾を認めながら最高裁に特別抗告し、再審の扉はまだ開いていない。一審から関与した計24人の裁判官はなぜ矛盾を見逃し続けたのか、検証する。

 いったん「自白」してしまうと、自白に明らかな矛盾があっても有罪とされてしまう。それが冤罪(えんざい)事件の特徴でもある。

 「やりました、と自白すると裁判官でも、それだけで犯人と思ってしまう。大切なのは自白が細部にわたって真実であるかどうかを見極めることなのに、裁判官でもそのことを忘れがちなのです」

 足利事件(一九九〇年)で二〇〇九年のDNA再鑑定により、無実が証明された菅家利和さんの弁護人の佐藤博史弁護士(69)は、そう実感する。細部は矛盾だらけの菅家さんの自白を裁判官は虚偽だと見抜けなかった。

◆矛盾暴く供述心理学

 供述心理学は、強要された自白の矛盾を暴く学問として近年注目を集める。知的障害のある親族らの供述で原口アヤ子さん(91)が殺人罪で服役した大崎事件(七九年)では、弁護団の供述心理鑑定をもとに昨年、鹿児島地裁が「捜査機関の誘導で変遷した疑いがあり、信用性は高くない」と再審開始を決定した。

 呼吸器事件の第一次再審請求審でも一〇年、弁護団が西山美香さん(38)の供述心理鑑定を証拠提出したが、大津地裁は棄却決定で「科学的根拠があるともうかがえない」と頭ごなしに否定した。

 複数の受刑者を鑑定した実績のある脇中洋大谷大教授が導き出したのは「犯行を自白した供述は、真の体験記憶に基づいたものとみなすことはできず、体験記憶に基づかない虚偽供述を次々と変遷させていったとみなすのが妥当である」という結論。「西山さんの自白は、犯行の手口が変遷しながら“正解”にたどり着く流れ。犯人ではない人の典型的なパターンでした」と振り返る。

 脇中教授は鑑定で、取り調べを担当したA刑事に対する西山さんの「かなり高い迎合性」を認めた。「まだ逮捕される前の任意の段階で、自分から『私の話を聞いて』と警察署に行っている。これは特異なケースだな、と思った」。A刑事に対する好意について「対等な異性愛ではなく、力のある人にしがみついた印象。取調官は、彼女の依存性に乗じて誘導していった」と分析。A刑事に誘導されるままに供述が変遷しているのは明らかだった。

 「犯人になりきると、取調官の誘導に合わせて自白することが“仕事”になってしまう。『これじゃまずい』『この辺りがまずい』と指摘され、ころころ変わるわけです。西山さんは、留置場に戻るときに『しっかり考えてきます』とまで言っている」

 着眼したのは人工呼吸器のチューブを「外した」と自白した場面。外し方は「力いっぱい」から「スーッと」に変化。衝動的な犯行から、計画的な犯行に警察の見立てが変わる中での供述の変遷だった。裁判資料にくまなく目を通し、警察が西山さんを「有罪」へと導いていった印象を「ここまでやるか、と思った」と言う。

 「密室に入った途端に追及が続き、その圧力から逃れなきゃと思って、うその自白をする。ここを逃れようと思ったらそれしか考えられなくなる。『弱者』だから、ではなく、取り調べの空間では、大半の人が『弱者』になるんです」

◆根拠のない自白信用

 鑑定を全面否定した大津地裁(坪井祐子裁判長)の棄却決定は、供述調書を「実際に体験した者でなければ供述できないような迫真性に富む」と原審の判決文にあるフレーズを繰り返した後、あからさまな裁判官の本音をのぞかせる。「(自白の信用性判断は)本来は裁判所の自由な判断に委ねられるべき領域である」。つまり、自白が本当かうそかを決めるのはわれわれだ、とでも言わんばかりの指摘は、弁護団の即時抗告を棄却した大阪高裁(松尾昭一裁判長)の決定でも繰り返された。

 脇中教授は「まるで、『心理学者の分析が気に入らない』と言っているようだ」と受け止め、裁判官たちが“専権事項”を犯されまいと拒絶する姿勢に驚く。

 当時の弁護団は、即時抗告の申立書で「心理学の学者でもない裁判官が『心理学的または科学的考察がない』などということは、傲慢(ごうまん)以外の何ものでもない。旧態依然たる裁判官の自由裁量論を振り回しているにすぎない」などと批判した。

 自由な判断は、専門的な知見を踏まえてなされるべきものだ。日進月歩の学問的知見に背を向け、裁判所は何を守ろうとしているのだろうか。

 

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