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滋賀・呼吸器事件 再審確定

西山美香さんの手紙・供述弱者を守れ 24人の裁判官(3) 角雄記(社会部=前大津支局)

 解剖医が「呼吸器の管が外れていた→窒息死」と鑑定、検察は正反対の「つながっていた」で犯行手口を描いた滋賀の呼吸器事件。大阪高裁の再審開始決定後、検察側は矛盾を認めながら最高裁に特別抗告し、再審の扉はまだ開いていない。一審から関与した計24人の裁判官はなぜ矛盾を見逃し続けたのか、検証する。

◆否認主張、排斥ありき

 必死で「殺していません」と無実を訴える西山美香さん(38)に、ほとんど耳を貸さない裁判官。呼吸器事件の裁判記録を読むと、そんな法廷の様子が浮かび上がる。

 「本当に有罪だったら、そんな(無実を訴え続ける)面倒くさいことはしないと考えるのが常識でしょう。そこまで執念を燃やしてやっているということは、やっぱり本当にやっていないのではないかな、とまず考えます。本人がそこまで言っている以上、徹底的に調べてやらなくてはいけないと思います。他の裁判官は、あまりそういうふうには考えないのですね」

 裁判官時代に三十件もの無罪判決をすべて確定させた元東京高裁判事で弁護士の木谷明さん(80)は著書「『無罪』を見抜く」で、獄中から再審を求め続けた被告について、そう書いている。冤罪(えんざい)を見過ごす原因は、裁判官個人によるものか。思い当たることがある。ある弁護士が、司法修習生時代に指導役の裁判官が法廷の舞台裏で言い放った「忘れられないひと言」を私に打ち明けた。

 「裁判官が『弁護士からまた変な主張が来たよー。さあどうやって排斥(=退けること)しようかな』と言っているのを聞いて、びっくりした」

 実は、この裁判官は呼吸器事件の一審の審理に関わっていた。“暴言”は判決が出た年とも重なる。どの事件についての発言なのかわからないが、「要は、弁護士の否認主張は排斥が前提で、耳を貸すつもりが全くない。これが裁判官の本音なのかと。今でも強く記憶に残っている」と、まだ若かったその弁護士をがくぜんとさせた。

 最初に判決を下す地裁の裁判長に「変な人」が常に数人くらいはいるということなのか。そうとも言えない事例が最高裁にもある。

 再審請求でのDNAの再鑑定で二〇〇九年に冤罪が判明した足利事件では、一九九七年に弁護団が再鑑定を主張しながら〇〇年に最高裁が棄却したため、菅家利和さんは「無実の罪」で服役し続けることになった。棄却した当時の最高裁の裁判長は、無実と判明した後も「理由もなしに申し立てられる鑑定をいちいち取り上げることはできない」などと取材で言い放ち、弁護団を仰天させた。

 裁判官全体を支配しているとも思える無罪判決への後ろ向きな空気について、木谷さんは「無罪判決を出しても、上級審で覆されるケースが多い。裁判官の中でも『無罪病』などとやゆする人もいる」。その結果「検事の主張に寄り添って有罪判決を書く方が『無難で楽』と考える裁判官が出てくる」と嘆く。

◆反省や判決研究怠る

 個々の裁判官の「有罪慣れ」が冤罪を生み出す背景にあるとみる元刑事裁判官の弁護士安原浩さん(75)は「根本的な問題として最高裁は無罪判決についての研究や注意点、例えば死刑判決が覆った冤罪事件などの研究をしておらず、自己批判をしていない」と指摘。その一方で、弁護側の無罪主張を封じるノウハウを示す資料を「否認事件に対する判断事例集」といった形で繰り返し発信するという。

 少し古いが、興味深い議論がある。〇〇年九月十二日に開かれた司法制度改革審議会の会合だ。この日は裁判員制度の導入を巡って、最高裁と日弁連、法務省からヒアリングが行われ、最高裁は「陪審制の導入は(中略)真実解明の場という今後ますます重要になると思われる司法の機能を大きく後退させることは否定できない」(意見書)と、誤判が増える可能性を主張した。本紙は裁判員裁判の導入前夜、連載「裁判員を担う」で当時の日弁連側の憤りをこう伝える。

 「元日弁連会長の中坊公平がほえた。『陪審になれば誤判が多くなり、真実発見が遅れる、という話には本当に憤りを持って反論しなければいけない。職業裁判官が(誤判で)死刑判決を確定させてるんですよ』。元広島高裁長官の藤田耕三が『陪審制で誤判、冤罪が増える』と発言したことへの反論だった。」(〇八年四月二十四日付)

 呼吸器事件で、二十四人もの裁判官が鑑定書と判決の矛盾を見過ごすという「ミス」は、変わろうとしない最高裁の独善と無反省の延長線上で起きたことでもある。

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